真夏の秋葉山を行く ~秋葉本宮上社~

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「そうだ!秋葉山へ行こう!!」
と〇RのCMのノリで出たわけではないけれど、
なんとなく秋葉山まで来てしまった
バイクBBA。

参道という名の山道を登りまして、
いよいよ山頂にある秋葉神社・上社である。

山の時間

傾斜はあるものの一応道としては申し分ない山道を
順調に進む。

実は虫の類があまり好きではない私ではあるが、
別に声まで嫌いなわけでもない。

登りはじめに聞こえていたヒグラシの声は
8時を過ぎた頃には違うセミの声に切り替わっていた。

これは別に山に入った時ばかりではないが、
朝には朝の、昼には昼の、
夜には夜の虫の声というのが
良く出来ているなぁと思う。

そうだな、低山とはいえ山で感じるこの切り替えは
街中とは違う時間に起こっている。

標高による温度変化がそうさせているんだろうが、
そんなウンチクよりも
山の時間は街の時間と違うのだなぁと思うほうが
文学的だし、
個人的に山は科学するより文学するほうが
面白い。

昔の人は太陽の位置だけじゃなく
こうゆう虫の声で時間や季節を計っていた所も
あったりするのかねぇ?

「秋葉寺」からしばらく行くと、
ただでさえ立派な木々が立ち並ぶ山中で
更に立派なモノが増えてくる。

ありがたい事に私はスギを始めとする
花粉の類のアレルギーが一切ない。

母・弟は思い切りスギアレルギーなので、
遺伝的に私も継いでいるはずなのだが
何故かいまだにデビューせず
お蔭でこうして山の中をほっつき歩いている。

で、巨木は好きだが、前回の阿保らしい考察の通り、
立派な木には何がいるか分からないので
私には‟木に抱きつく習慣”はない。

わざわざそんな事しなくても立派な木の姿を見るだけで
その身の内に流れる悠久の山の時間を考えさえられ
精神衛生上非常にいいと思うんだけれどね。

そもそも、木にパワーをねだらないといけないほど
お前は弱っているのか?

というツッコミをせざるおえない。

人間だったら木より様々なモノから栄養素取り入れられるし、
何処にでもいけるんだから、
木にねだる前に適度に遊んで、飯食って寝ろ。

秋葉神社上社

さて、ぼちぼち上社といった所で
姿を現したのは中々良い神門なんだが・・・

・・・・残念な事に修復中っぽい。
(18年の台風でやられたらしい)

しかし、細部の装飾は見事だ。

柱の上のは獅子だと思うんだが、その横の
まるで梁を支えるようにいるのは鬼だろうか?
恐らく「鬼瓦」のような意味あいで装飾兼邪払いなのだろう。

しかし神門にいるという辺りが、西洋の教会の屋根にいる
ガーゴイルを彷彿とさせて洒落とる。
恐ろしいというより、何処となく可愛いしな。

※建物的にはこの神門が一番気入り、
帰宅後詳細を調べてみたんだが、
山の中に残っているもっとも古いものがこれなんだそで、
江戸時代のものだそうだ。

そして、この神門の雰囲気から期待に胸を膨らませて
上社に辿り着いた・・・の、だ、が!

怒られるのを承知で言う。

これじゃない感ハンパないっっ!!

おかしいな、途中まで
「これこれこれ、この空気感だぁぁぁ」
と思っていたのに、ここに着いた途端にハンパなく溢れる
これじゃない感!!(_`・ω・)_バァン

噂に聞いていた金の鳥居が、
実際見たら違和感だらけだっただろうか?

それとも拝殿がガラス張りで
「コンビニかっっ!!」
と思ったせいだろうか?
(ガラスに驚き過ぎて、建物全体を見るのすら忘れるの巻)

それともギャイギャイ騒いでいた観光客がいたせいかなぁ?

※観光気分で来るのはいいが、色々な事をする前にまず参拝。
お土産やおみくじやご朱印の前にまず参拝だと心得て頂きたい。
そして境内で騒ぐな。

なんだろう、この違和感・・・・

それでもお参りはするけど。
するけれどさ。

先に書いた通り、ここの祭神はカグツチである。
後付けだろうがなんだろうが、
今はそうである。

で、カグツチ=火神=火伏は別に良いんだけれど、
カグツチって天狗か?って話で、
やっぱりそうじゃないと思う。

で、その割に・・・境内中に溢れる天狗押しはなんだろう?

いや別に神社に天狗がいちゃならんという事ではない。

神仏習合というものもあるし、
天狗の元々の意味を考えれば自然現象を
擬人化・神格化したようなものであるからなぁ。

けどなぁ、神社自体がメッチャ天狗押しって
今まで見た事ないんだよなぁ。

私はあまり神社で落ち着かないという事がないんだが、
なんだかいて落ち着かない感じがする。

このジェビロの絵馬は静岡だから仕方がない。

そう言えば、ここにはもう一つご神門があったはずだし、
なんかこの界隈はシイタケが名物で
上で食えるって話だったんだがなぁ。

境内をぐるっと回り込むと「秋葉茶屋」という暖簾が見えた。
食堂兼土産物屋だそうだが、
食堂はまだ準備中。

そのまま上社駐車場方面へ階段を下る。
こちらには
西ノ閽の神門(にしのかどもりのしんもん)
があるはずなんだが。

程なくしてかなり新しいご神門が見えてきた。
下の駐車場までは降りないが、
ちょっと前へ回ってみよう。

こちらは後から見た神社HPによると
御鎮座1,300年記念事業の一環で平成17年10月29日に
竣工されたのだそうだ。
素材は地元の天竜杉を使用しているという事。

周りには四神が非常に立体的に彫られている。

彫刻は脇の方まで割とビッチリある。

古くても新しくても、こうゆうもの見るの好きだからな。
ぶっちゃけ、ご利益なんぞ関係なく
自分が面白いと思うもの見せてもらえればえぇんだけど。

やっぱり上社については、
帰宅して数日経った今でも
「なんだかなぁ~」
感しか思い出せないのである。

下山

西門から車道を歩いて帰る選択もあったが、
やはり同じ歩くなら山の中を歩きたいものだ。

ちなみに山頂は風があり非常に涼しく
いつもこんなものかと思ったら
前日まではクソ暑かったそうな。

快晴ではないけれど、登り降りする身としては
体力的に大分楽だった。

表山道の神門から入ったところに倒木注意の張り紙があるんだが、
倒れている木もまた立派である。

今回はのんびりと登ったので、通常は90分くらいの工程を
120分くらいかけて登っている。
まぁ・・・秋葉寺にいた時間が結構長かったからな。

帰りにもチラっと覗いたが、
見た感じ元はここの寺が中心だったんだろうと
帰宅後調べてみると・・・やはりそうゆう事のようだ。

まぁ行く前から
「あそこは修験の山だから、あんたは居心地がいいよ」
とは聞いていたけれど、
山頂以外は居心地が良かった。
(本当に怒られるとは思うが、個人のブログゆえ
正直な感想を言わせてもらえばそうとしか言えない)

というか、この秋葉山の諸々の事情も分からなくはない。

実家のあの神社とその大元になる山も
元々の祭神というか本尊は
お不動さんやら蔵王権現さんで
歴史が移り行く中で、
いつの間にか祭神が火産霊神に代わっているのだ。
(でもここは特に火伏のご利益って話は聞かない)

明治の神仏分離・廃仏毀釈によって
否定されたり、変えられたりもしながらも
人々がそこに祈りの場を望んだ結果でもあるので
致し方がないと思う。

帰り道は下社まで素直に表参道を進む。

噂には聞いていたが、参道の始めの石畳の工程が
かなり急坂で正直、山道自体よりキツいのではないかと。

途中で幾つか咲いていたユリは、テッポウユリではなく
タカサゴユリらしいんだが・・・私には違いがよく分からない。

途中、こうゆう誰でも使える水場があり、
私が行った時、丁度赤ん坊が洗われていた(笑)
飲むのには向かないけれど、
ほてった体を冷やすには十分な冷たさ。

袋井・可睡斎 ~三尺坊の新しい住居~

帰宅後、改めて結局一番気に入ったというか、
私的に納得がいった秋葉寺の事を少し調べてみたのだが、
秋葉寺にあった三尺坊権現の御真躰は、
明治の頃に袋井市の可睡斎秋葉総本殿へ移されたのだそうだ。

だからと言って、
今はもう山に三尺坊がいないという事はないとは思う。

確かに怪異にはある程度の棲み分けもあるし、
何かをするにも制約はあるようだが
それは物質としての核(ご神体)が何処にあるか?は
あまり関係ないみたいだしな。

ただ、そうやって聞くと可睡斎のほうにも行ってみたくなる。

それと色々な所の三尺坊の姿を見比べるのが面白い。

可睡斎と秋葉寺で付与している三尺坊の姿が書かれたお札は
鳥顔・黒い翼で白狐に乗っているが、
名古屋にある秋葉山圓通寺のお札の三尺坊には翼もなく
顔も普通の天狗顔であり、黒い僧衣で白狐に乗っている

確かに私は‟見る時には視る質”だが、別に霊能者でも
霊感を誇る人間ではないので
どっちが本当の姿かどうかはあまり関係がないし
たまに聞く‟いる・いない”もあんまり関係がない。

ただ、自分が面白いと感じるものを五感で感じて
それが描きたいものであれば描くだけだ。

私は、ただの一介の絵描きとして
人ならざる者と付かず離れず生き

たまに作画資料として姿が見れれば
・・・・それでいいのである。

オマケ:ご朱印

下社・上社共に参拝後、ご朱印を頂いたので公開。

秋葉寺は私はてっきり無人だと思って今回ご朱印帳を持たずに
出てしまったのでない。

寺務所には明かりがついていて、
どなたかいらっしゃるようなので
次回ご朱印だけでなくお札を頂きながら
お寺の話が聞けたらと思ったりする。

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