紅のサオと黄金のタマを巡る冒険 ~さらば猫チン~

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昨今、処方食の質の向上により
猫の尿道拡張手術は比較的少なくなっているそうな。

が、我が家の巨猫は、その珍しくなりつつある
手術をする事になった。

そんな訳で、このサオとタマを巡る冒険は、
同じように持病として尿道結石持ちの猫を飼う人、
またこれから猫を飼ってみたいと思っている人の
参考になれば幸いだ。

本日も無我の境地を目指しています

尿道拡張手術、正確には
「筒状包皮粘膜弁を利用した会陰尿道ろう造ろう術」
は、術後48時間は形成した尿道がふさがらないように
尿道にカテーテルを入れっぱなしにするのがセオリーだそうだ。
よって、確実に2日は入院になる。

個体差もあるだろうが、我が家は手術日も含み
4泊5日入院コース。

当然その間、巨猫はほぼ賢者モードであった。

獣医にも分からない猫の気持ち

コイツが我が家にやってきてから今年でおよそ12年。
その間一人きりになったのは、
思えば今回が初めてだ。

普通に考えたら「寂しかろう」となるんだろうが、
相手は猫である。

常々主治医は
「私も自宅に猫いるけどさ、
本当、何年獣医やっても猫の考えだけは分かる気がしない
と言う。

専門家である獣医がそこまで言うのだから、
当然私も理解不可能だ。

とりあえず、犬と猫を両方自宅で扱うという事を
10年以上やって分かったのは

全身で喜びを表現するのが犬、
全身で不満を表現するのが猫

更に、犬は何とか想定内で行動してくれるが、
猫はその想定の斜め上を行く

主「獣医として、一飼主として、
猫の気持ちが分かったらどれだけ楽だろうと思う事はある。
が、逆に分からないほうがいいかもしれないとも思う。
多分、奇想天外過ぎて人はきっとついて行けない

あぁ、獣医から‟ついていけない”宣言が出てしまった。
やはり神と猫の考えは人ごときでは到底理解できないのだ。

賢者モードからの卒業 ~退院させよう~

この後、巨猫は延々と賢者モードを発動し続けた。

この様子を見て主治医は
主「修行僧か」
と言っていたが、まさに修行僧のような感じで、
だから賢者モードなのである。

どうも昼間、人がいる間は賢者で
夜中、人がいなくなると猫に戻っていたらしい。
(無人でもWebカメラで監視サービス)

当然の事ながら食も進まず、
主「コイツ、絶対病院では何も食わない」
と見越した主治医が手術のついでに鼻カテを入れたのだ。
(で、本当にその通り)

しかし、ここまでの賢者モードは流石の獣医も
想定外というか想定以上だったらしい。

主「ちょっと早いんだけど、経過は順調だから退院する?
このまま普通に入院させたら、
悟りを開いてしまう気がする(;・∀・)

ただでさえ面倒な猫なのに、
悟りを開かれ説法されては堪らん。

というわけで、5日目で無事に退院となった。

外と中の境界線

いつも思うのだが、猫というのは一体
自宅をどのように捉えているのだろう?

病院から帰宅→玄関のドアを開けた瞬間、
それまでキャリーで大人しくしていた猫が

「ガンガンガン!アオ~~ン!!」

Σ(・ω・ノ)ノ!

やめろ、8kgが中で暴れんな!!
バランスが崩れるだろうが!!

中でドッタンバッタンしている猫を担いで
ケージへ。
ケージの傍で蓋を開けると、弾丸のように飛び出し
何故か自らケージに入っていった笑
(別にケージが好きなわけじゃない)

しめしめとケージ扉を閉めると

「アオ~ン!!アオ~ン!!ニャァァ~!!※」
※日本語訳:出せ!開けろ!

私「駄目だ、お前は抜糸までこの特別病棟だ。
とりあえず飯を食え」

と、皿に飯を盛り入れると
皿を叩き割りそうな勢いで頭を突っ込んだ。

賢者が凡人に戻った瞬間である。


抜糸までの日々

退院はしたものの、切開した場所が場所なので
1週間くらいは置こうという事になり、
更に鼻カテもそのままにすることにした。

投薬もあるし、何しろ初エリザベだから
飯もだが、飲水量が心配で
抜糸まではあえてカテーテルで流動食を少し入れよう
という計画。

ちなみに流動食は私がせっせと作っていた。
こんな時
「料理好きでよかった」
と思う。

意外な事に、巨猫は流動食をもらっている間
大人しくしているというよりも
今まで見た事がないほど甘える

例えるなら、
乳をもらっている子猫のような顔をする。

流動食の時もそうだが、
退院後3~4日は
時折、大声で私を呼び
その度に気が済むまで甘えていた。

そういえば、長老が急性肝炎で1軒目の病院に入院→退院した後も
こんな感じだったな。
普段膝に乗らない猫が膝に乗り
子猫のように昏々と眠っていた。

先に「猫の考えている事は分からん」とは言ったが、
この様子を見ると彼らは彼らなりに
人を好いているのだろうというのは分かる。

動物が人に愛想を振りまくメイン心理は、
当然生存のためだとは思うが、
長く共に暮らせば当然それ以上のものも生まれるのだろう。

巨猫は、一見かなりのツンキャラだが、
実は我が家で一番の甘えたさんなのだ。

初めてうちに来た日から、
そんな様子がチラリチラリと見えていたから、
懐かんコイツの世話も平気だったし、
またそれに気付かせてくれたのは
今は亡き友人である。

エリザベでも食える食器

エリザベ、エリザベスカラーというのは
患部を舐めないようにするためのものだ。

が、これを付けた事で一番問題になるのは食事らしい。

20年も猫を飼っていて、この事について‟らしい”とは変だが、
うちの歴代猫達は何故かエリザベをつけても
割と器用に飯を食う奴が多かったし、
犬もやはり普通に飯を食っていたので
そんなに支障がないと思っていたんだ。

が、巨猫はエリザベをつけてしまうと
普通の食器では飯が食えないようだ。

個体差なのか、それとも野良暮らしの影響かは謎だが
ちっとでもカラーのストレスを減らすために、
こんなものを買ってみた。

まぁ一応これだと食べるんだが、
たまにカラーの外側に器を入れてしまって
「何処だ?」と探しているので・・・
傍で見ててやらんといかんのだけれどな(;・∀・)

食べる姿勢として、見ていて楽そうなので、
この器は結局エリザベを外してからも
そのまま使う事になった。

これから猫を飼う人は、
最初からこの器でもいいかもしれない。

勝手に鼻カテを外す事件

退院から数日後。帰宅した私の足元に
青い頭の謎の生き物が近寄ってきて
思わず玄関先で固まった。

・・・よく見たらケージの中にいるはずの巨猫であった。

どうも出掛けにケージの鍵をかけ忘れたらしく、
見事に脱走されていた。

それはいいんだが・・・何か物足りない。

なんだろうな?と何気に寝室を覗いたら、
布団の上に鼻カテが落ちていた。

どうやら脱走ついでに鼻カテを抜いてしまったらしい。
飯のためだけにつけていたから問題ないんだが・・・

カテーテルは鼻の横に一針糸を掛けて固定、
エリザベの下を通して体にアロンアルファで固定されていたのに
どうやって抜いたんだか・・・
(しかも引っ掛ける所もない布団の上で)

どんと来いじゃねぇ、お前が既に超常現象だ。
本当に猫は想定の斜め上を行ってくれる。

抜糸 ~猫チンよ、さらば~

その後、巨猫は抜糸まで隔離病棟に出たり入ったりして
過ごしていた。

部屋を歩き回るようになって、
尻がよく目につくようになったんだが・・・
手術のために刈られた尻を見る度に

尻(ケツ)マルガリータ

という一言しか思いつかん。

傷のほうは順調で、これで毛が生えそろえば
ほぼ前の通りになるだろう。

例の「筒状包皮粘膜弁を利用した会陰尿道ろう造ろう術」
のいい所は、術後の合併症もさることながら
見た目の違和感のなさという部分も大きいそうだ。

猫は見た目を気にしないだろうが、
人は多分気にするだろうからな。
あぁ、私は気にしないけれど。

気になるなら、巨猫に限らず
隻眼の2代目を飼ってねぇ。

長いようで短い11日間を過ぎ、いよいよ抜糸。

改めて傷口を診察してもらったが、
やはり問題ないようだ。

主「黒猫に黒い糸は見辛いわ(笑)」
といいつつ、主治医抜糸。

エリザベも外され、巨猫は晴れて自由の身となったが、
それはまた、彼から
雄のシンボルチ●コが永久に失われた
という事でもある。

尿道拡張手術まとめ

3回に分けて今回の手術&入院について書いてみたが、
もう少し要点を掻い摘むと以下のようになる。

  1. 尿道拡張手術は以前よりも減ってはいるが、
    酷い尿道閉塞を繰り返したりする場合などは今も行われている。
  2. 「筒状包皮粘膜弁を利用した会陰尿道ろう造ろう術」
    使用する場合、最低でも48時間尿道カテーテルが必要になるので
    少なくとも2日は入院になる。
  3. 手術がきちんと完了すれば、尿道が太く短くなるため
    閉塞の頻度は確実に減るが、
    結石自体が出来なくなるわけではないので
    術後も食事と尿の管理は続けなければならない。

ちなみに、今回、手術から退院までの費用
11万円台

これを高いと思うか、安いと思うかは、
その人の価値観だけではなく経済状況にもよる。

月収100万の人と、月収20万の人では
そもそも金銭感覚が違うからな。
‟ない袖は振れぬ”
これも世の中の常だ。

私にとってこの金額は非常に安かった。
私が金持ちだからではない。
11万で命が買えるなら安いって話だ。

確かに巨猫は、元野良で雑種だ。
でも、彼という存在はこの世に1匹しかいない。
失われては永久に取り戻せない非常に貴重なものなのだ。

そりゃ、確かに私は既にこの世にいない猫や犬と
関りを持つことが人より多いが、
だから死んでもいいってわけではない。

物事の境界はいつも曖昧だが、
生者と死者の間に横たわるものだけは
非常にハッキリとしている。

この前記事の「~黄金のタマの行方を追え~」
の終わりにも書いたが、
命を扱うという事において容易いというのは絶対にない。

そして獣と共に暮らすというのは
人と獣の間にある様々な事に折り合いをつけるために
日々悩み続けるという事でもある。

避妊や去勢はその代表だし、
何かある度に悩み続けねばならん。

確かに獣医は治療方針を提示してくれるが、
最終決断は飼主がするのだ。
悩まないわけがない。

「人のエゴ」と分かって治療するか、
「自然のままに」と言って見殺しにするか、
その選択は飼主の胸三寸である。

 

巨猫の結石との闘いは、
彼が天寿を全うするまで続く。

ついでに言えば、便秘との闘いも
恐らく同時に続いて行くのだろう。

今回の猫チン改造、および喪失はその果てしなく続く
戦いの通過点にしか過ぎない。

多分、私はこの先もずっと彼のために悩み続けるのだろうが、
たったそれだけの事で、
この非常に臆病で、その癖甘えたがりの彼が
私に寄せてくれる小さな信頼に答えられるのなら
まぁそれも悪くはないと
密かに思っている。

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