バイクで巡る神社仏閣の旅

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犬が歩けば棒に当たる。
そして境界人が歩けば奇妙な事に当たる。

そう、例え徒歩ではなく、
バイクに跨っていても奇妙な事に当たる。

別にバイクに乗る事自体は関係ないが、
私が何故5年前に奈良まで行ったか?には
変な話がある。

そして、その大元は20年前へ遡る。

神会議

私にはダンナ以外にも長く付き合っている行者がいる。
まぁジジイなんだけど、ある日ジジイが
「面白い人に会うからお前も一緒に来なさい」
と、私を連れて出掛けた。

ジジイはたまにこんな感じで色んな人に会わせてくれた。
この日の面白い人ってのは同業者だ。
ただ向こうは行者でもないし、
一応どっかの教団に所属している人らしい。

とはいえ、何処か怪しい所に連れていかれたわけじゃない。
行った先はデニー〇(笑)

そこに件の人物が待っていた。
Kさんと言う女性で同業とは聞いていたけれど、
言われなきゃ分からん何処までも普通の女性。
あともう一人少し若い男の人。
この人も会社に三人は居そうな感じの人だ。

その二人と向かい合わせにテーブルに座り、
四人でコーヒーを飲みながら語らう。
絵面としては非常に普通で何の違和感もない。

あくまでも、一見は。

が、そのテーブルの隅にいた若かりし私は複雑な気分だった。

何か、何かが今ココに来ている。

勿論見えない。
見えるのはその二人とジジイだけ。

見えないけれど、物凄く大きな気配が余分に傍にいる。
なんだこれは。

いや“なんだコレ”と言いつつも、予想は大体ついている。
ここに今いるのは“人外”で、
オマケに神に連なるなにがしかだ。

確かに話をしているのは上記の3人ではあるが、
実際喋っているのはその気配だ。

何でそんな事が0感に分かるかと言うと、
これに似たものを私は郷里で散々見た。
それをやっていたのは、母実家に出入りしていた
うちの遠縁の祈祷師の婆さんだ。

婆さんが祈祷を始めると、よくこうゆう気配が降り立った。

それととても似ている。
そして、それよりもっとデカい。
大体、一つじゃないしな。

お~い、お~い、今ココに何来てんの?
周り分かんないだろうと思ってさ~、
ファミレスでなんつーもん出して話してんの(;・∀・)

そう、一見オッサンオバサン+小娘でお茶しているようだが、
実際にはそれぞれについて回る“人外”が話をしているのだ。

これは困った。どんな顔したらいいのか非常に困った。

飲食店でこんなに困ったのは友人の“スプーン曲げ名人”
を連れてコメダ珈琲に入った際に、私以外の全員が揃いも揃って
暇つぶしにスプーンを曲げ始めた
のを見て以来だ。
(店の備品を勝手に曲げちゃ駄目、絶対)

「お越しください」

話もぼちぼち佳境という頃。
男性のほうがKさんに何か耳打ちをした。

何か二人でやり取りをしたのち、男性が
「そちらの方に話が」
そちらってどちらよ?
・・・・・・私か!!

え~っと思ってジジイを見るが、特に何も言わない。
“勝手に聞けよ”って事らしい。
もうしょうがないな・・・
私「はぁ、なんでござんしょ?」

男性が口を開く。

「奈良の三輪神社へお越しください」

頭では「へ?」とか「はぁ?」とか「なんで?」って
思ったはずなんだが・・・
それを素直に口に出そうと口を開いたら、全然違う言葉が出た。

「お伺い致します」

・・・・あ、しまった!と思った時はもう後の祭り。
オマケに相手が何かも誰かも知らんのに、
うやうやしく頭も下げてしまっていた。

「自力で来い」

帰り道、あの言われた事は何だろうとジジイに聞いた。

何しろ当時の私はまだ20歳そこそこだ。
奈良?奈良だって?
京都は修学旅行で行ったが奈良は行った事すらない。

今でこそ通い詰めて奈良には、
柿の葉寿司と三笠焼と数々の文化遺産があると知っているが、
この時は“大仏と鹿と平城京”しか知らなかった。

ジ「奈良にある三輪神社に来いって事だわ」

いや、聞きたいのはそこじゃない。
何で行かなあかんのやって話だ。

ジ「さぁ、行けば分かるんじゃないのか?」

あ、クソ、とぼけやがった。
ジジイはいつもこんな感じだ。
知っていたとしても多くは言わない。
ヒントはくれても正解は教えてくれないのだ。

ジ「ただな、“お越しください”ってのは滅多にない事なんだぞ。
普通は“来い”だ。俺だって“お越しください”なんて
言われた事ねえぞ?
分かっていると思うが、あれはあの男の言葉ではない、
神さんが“お越しください”っていっとんのや

いや、だから余計に怖いじゃないか。
余計に違えられないではないか。

しかし、あの時私はどうして「なんでですか?」と聞かず、
躊躇いもなく「お伺いします」と言ってしまったんだろうか?
一応頭では「なんで?」って思ったはずなんだけどなぁ。

ジ「お前は知らんでも
お前の神さんが知っとって、お前の口借りて答えとんのや。
まぁ、急ぎじゃない風だから、ボチボチ行けばえぇねん」

・・・ぼちぼちって。

私「じゃあ」
ジ「連れてかんで。あそこ歩かなあかんねん、デカいから」

先に断られた。
ちなみにダンナにも同じ事を言われた。
もっとも、これはある程度想定できた答えではある。

この「お越しください」のご招待は
どうも一人で行かねばならんらしい。
他力本願で行くのは駄目らしい。

「何故そう思う?」と聞かれても困るんだが、
「お伺いします」と答えた時に分かってしまった。

相手は“自力で来い”と言っている。

という事は・・・公共交通機関は駄目だ。
じゃあ車・・・いや私は免許がないしな。
でも別に徒歩とかチャリでなくてもいいみたいだ。
つーか、その二つは無理だな。うちには猫いるんだから。
(当時から猫飼い)

そうして1年2年。
その後車の免許を取ったが、その時も何故か
「いや車ではない」
と思った。

やがて10年が過ぎた頃には流石にすっかり忘れてた。
そして・・・私はヴェルデに会った。

ヴェルデに乗りなれた頃、親父が死の床につき
不思議な事が色々あった。
そして親父の一周忌が来る前に私はCB400SSを手に入れた。

SSを最初に見た時、何故かこの約束を思い出した。
思い出すと同時に思った。
「あ、これだ」

勿論、後から「何故バイク?」という疑問は尽きなかった。

人の世の15年は瞬く間

そんな訳で、私は5年前にやらかしながら奈良まで走った
走りながら
「15年前に行くって言っておいて、今頃で大丈夫なんかい?」
と思いつつ。

で、大鳥居の前の駐車場にバイク停めて、
てくてく歩いて行ったんさ。

あれは二の鳥居を過ぎた所だったかな。
歩きながら何となく「来たぜ~」と声をかけたら

“存外早かったな”

と返答があった。

上で分かりやすく言葉で書いているが、本当はちょっと違う。
こうゆうのは実際言葉ではない。
そして物凄い情報量を一瞬で頭にパカーンと入れられ、
瞬時に理解する。

それを分かりやすく言葉に訳すと上のようになる。
そして何が頭に入ったかと言うと、
人とは違う時間軸で生きているモノの感覚だ。

ま、要するに、
人にとって紆余曲折の15年も、
お神にとっては
コーヒーブレイクにも値しない
“瞬く間”って話。

要約すると凄く当たり前というか何てことないが、
これを体感するととても恐ろしい。
今思い出しても、底の見えない奈落の淵を覗いているようだ。

まさか、コレを見せるのが目的じゃねぇよなぁ?
とはいえ、確かに約束は果たした。

果たしたが同時に
“なんかこれだけで終わんないんだろうなぁ”
という嫌~な予感はした。
そしてそれは当たった。

バイクで巡る神社仏閣の旅のはじまり

この時はそれ以上は何もない。
いや本当、いきなり霊感に目覚めたとか全然ないから。
相変わらずスプーン曲がらないから。
更に言えばスプーンを曲げる意義も見当たらない(笑)

そして結局何で来いと言われたのかサッパリわからない。
大体、何でバイクだ!!(笑)

ただ・・・この後から急にダンナやジジイに
「〇〇まで行ってこい」
と言われたり、
モノクロの神社写真なのに色がついて見えたり、
一つの神社を回ると勝手に「次は××」と
次の行先が頭に浮かぶようになった。

こうゆう事があると行くまで何だか落ち着かない。
そしていざ出掛けると、ある程度の距離までなら
普通に遊びに出掛けるのに比べると半分以下の疲労で往復する。

ダンナ曰く
「行きは引っ張って貰て、帰りは送りがつくから」
だそうだ。

そして“何故バイクなのか”は、
最近何となく理由が分かった気がする。

現実問題として徒歩や自転車より移動しやすく、
車より不便で色んな感覚を使って乗るものだからだ。

何しろ剥き身で乗ってるから、いつもとは言わないが
ある程度周囲にレーダー張ってないと危ないからな。
そしてそうゆう感覚の尖りは直感の元になる。

霊感はさておき“野生の勘”は元々鋭いからな。

それに私は身体的にそう恵まれてはいないけど、
握力だけは常に平均以上。
バランス感覚も割といい。
昔から好きで得意なのはそうゆうスポーツだ。

適度なハードルの低さ、
そして適度な負荷。
多分、その折り合いの着地点がバイクだったんだろう。
・・・流石にお神の趣味って事はないだろう、趣味って事は。

で、結局CB400SSで、そうゆう所をグルグル巡っている。
不思議な事にそうして巡る場所は
ある程度自分に関係がある場所ばかりだ。

本当、車検あるのに何で400買っちまったのか、
そもそも最初そこまで遠出するとか考えてたのかなぁ?
っていつも不思議なんだ。

別にエストレヤも好きだし、バンバンもいいじゃん。
同じSSでももっと好きなカラーもセル付もあったんだけどね。

見た瞬間に「あ、コレ」って思っちゃったんだよ。
なんかこうゆう“コレ”っていう感覚は、頭では色々考えても
覆せない。

その選択にどうゆう意味があったか分かるのは、
本当にずっと後なんだ。
でも人にとっての“ずっと後”も、きっとお神には
“すぐ目の前の出来事”
なんだろうなぁ。

あれから何度も奈良に足を運んでいるが、
このご招待の明確な理由は分からない。

そして相棒CB400SSとは、もうすぐお別れだ。

その前にとりあえずその報告に行ってきた。
行って今まで無事に乗らしてもらった礼と、次の相棒が来たら
また来るのでよろしくお願いしますと伝えた。

結局「これ、いつまで続くんですかね?」とは聞かなかった。

別に何がなくても走るのだ。
というか走るために用事を作っている時もある。
その用の中に一つ二つ三つ四つ・・・神社仏閣が混じっても同じだ。
別にそこ以外に行けないわけじゃない。

それに時々思う。
もしあの時奈良を目指さなかったら、
私は未だに街乗りしかしてなかったかもしれない。
そもそもSSを買わなかったかもしれない。

あの約束は結局ブレイクスルーのためのロイター板だった。

少なくとも私にとってはそうだと思う。
そして私には、それだけで十分だとも思う。

そしてまた新たなブレイクスルーのロイター板が用意された。

次のバイク、KAWASAKIのW800だ。

私はもうすでに板を踏んでしまった。
・・・一目惚れしてな、
免許もないのに仮契約しちまった(笑)

後はもう思い切り飛ぶしかない。

目の前の跳び箱が何段かも知らんし、
その先に何があるかも知らないが、
板を踏んだからには飛ぶしかない。

及び腰になるとコケるからな(笑)

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