猫の恩返しは死んでから

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うちのダンナが私の犬猫を愛でながら言う事がある。

「犬の恩返しは死ぬまで。猫の恩返しは死んでから」

これがどうゆう事かと言うと、
犬は生きている間、主人に付き従い恩を返し、
猫は生前好き勝手に生き、死後恩を返しに来ると言う事らしい。

恩、恩なぁ。

犬はさておき、猫は
‟家につく”とか
‟恩を三日で忘れる”
などと言われるが・・・

はてさて、本当の所はどうなんだろう?

初代、死しても尚恩を忘れず

かつて我が家を守っていた‟柴猫家守護役筆頭”初代は、
死んでからもネタ満載の猫だった。

それぞれは他愛ない小さな事柄だが、
今まで3匹送り出し、死後も一番色々あったのは初代だ。

まぁその辺は冗談抜きでやっぱり‟守護猫筆頭”だったんだろうと思う。

挨拶に行く

来週の土曜7月21日は、ちょうど初代の4回目の命日だ。

初代が亡くなったのは、その年の「海の日」で、
その名にふさわしく朝からカラリと晴れ、
夏特有の積乱雲が空に巨大な山を作るような日だった。

亡くなったと言っても、そこは猫なので特に誰かに連絡もせず、
当時闘病録を記していたブログにだけその事を綴った。

で、翌日。

朝っぱらから電話が掛かってきた。
・・・うちの母である。

母、開口一番に「何かあったのか?」と聞く。
いやぁ初代が亡くなったけど、それ以外は・・・・
と答えると、「なるほど!」と納得していた。
・・・意味がわからねぇ(;・∀・)

母曰く、前夜、眠ろうとしたら急に周りが線香臭くなったという。
確かにうちには仏壇があるが、あたかも真横でくゆらせているかのように
ハッキリと香って、すぐに消えたそうだ。

所説あるようだが、こうゆう時は何か霊的なものが知らせに来ている場合がある。

これも一種の‟虫の知らせ”だ。

で、まぁうちに電話してきたのは‟お伺い”である。

親父の死にまつわるアレコレソレがあってから、
母は昔アレほど怒っていた私の‟動物的勘”をすっかり信頼するようになり、
周囲で不思議な事があると朝っぱらから電話をして来て
「何なんだろう?」と聞くようになってしまった。
(正直、これはこれで鬱陶しい。手のひら返されたわけだから)

んで、結局この線香臭さが何を表していたかと言うと、
初代が母に別れの挨拶に行ったのだ。

うちの母は‟自称・動物が苦手な人”である。

ただ‟苦手=毛嫌いする・害を成す”ではない。
好んで近寄らないだけで、姿を見て石を投げたり、悲鳴を上げたりもしない。
そして必要ならシェパードですら担いで車に積む。

そんな母に初代は最初から異様に懐いていた。
数年に一度しか訪れない母に会えば喜び、
何度降ろされても膝の上に乗る。

確かに人懐こい猫ではあったが、そこまでベッタリとついていたのは、
私と母だけである。

人も動物も肉体から離れれば、距離も時間も関係ない。
母が線香臭いと感じたその時、恐らく初代が傍にいたのだろう。

「猫が線香を知っているのか?」
と思うかもしれないが、そこはうちの猫である。

私は外で動物の死体を見かけると帰宅してから線香を立てる習慣がある。
オマケにそれが猫なら見える見えないではなく、
「うちに来て飯を食っていけ!猫の飯なら売るほどある」
と声を掛ける。

よく「拝むと付いてくる」なんていうが、付いてきたら上等だ。
外で死んでいる獣はそれまで一人で頑張って生きてきたんだ。
それが猫なら例え野良でもうちの家族の同胞だ。
弔いに線香の一本でも立てるのが筋だろう。

死出の旅路は長いという。
何も疲れ切ってトボトボ行く事はあるまい。

うちのダンナに言わせたら、私が始終こんな事をして何もないのは、
うちの猫達がそうしてやってくるモノを上手くあしらっているからだと言う。

確かに、前に数回うちの猫に混じって見知らぬが見覚えのある猫がいるのを見た。
・・・数日前に道で死んでた猫と同じ柄だった(;・∀・)

まぁそんな事を私がしていたから、初代が線香を知っていても
・・・不思議でないと言えば不思議ではない。

一緒に出る

初代は我が家で2番目に来た猫だが、先住猫の長老をとても好きだったようだ。

常に一緒に寝ていたし、老齢になりあまり毛づくろいをしなくなってきた長老が
いつもピカピカでいたのは、初代が常に長老をグルーミングしていたせいだろう。

そんな訳で、長老が息を引き取った時も来た。
というか、その数日前から頻繁に姿を現した。

何だろう?と思っていたら、長老が突然発作を起こし、その翌日に亡くなったので
「あぁ、お迎えだったのか」
とは思った。

どうも猫にもそうゆう‟迎え”は来るらしい。
初代の時にもそのような事があったが、姿は見ていないので
何が来たのかは知らない。

そうして長老が亡くなって2週間目までは生猫に混じって
エアー(霊)の長老、初代、エリンギが家の中を闊歩していた。

ふいにチャンネルが合い、驚いて何度のけ反った事か。
(怖いとかじゃなく普通にビックリするよ・・・)

エリンギは飽きたのか、それとも何か期限付きでやってきていたのか、
2週間ほどで姿を消した。

が、初代だけは長老の準備が出来るまでず~っと家に滞在し、
私の後をテコテコとついて回った。

 

そうして1か月も経った頃かなぁ?

とりあえず前提として言っておくと、
私は基本死者の夢は見ない。
そして会いたい人の夢は意外と見ない。
基本、私は夢をコントロール出来ない。

その私が、ある晩夢現で変なものを見た。

私は猫達と一緒にいたかったので、ダンナの部屋ではなく仕事場で横になった。
うつらうつらした頃、瞼を閉じているのに妙に視界が開けた。

見えたのは、横になった時同様の部屋。
電気は消え、カーテン越しの灯りでほんのり明るい。

そして、足元に生前と全く変わらない姿の長老と初代。

薄暗かったけれど、猫としては一番いい頃
・・・つまりシニアに入る前の少し若い姿をしていたな。

‟あぁ、これは夢だ”

と思った。
そんなのありえないからな。
そもそも横になった状態で足元にいる猫は首を持ち上げないと見えないし、
私は首を動かしてない。

そしたら、二匹がそのまま布団の上をノシノシと歩いてやってくる。
不思議と夢なのに足が体に乗ると、見た目相応の重さが掛かる。

そうして腹を過ぎ、胸元あたりまでノシノシとやってきて、二匹で私の顔を覗き込んだ。

・・・・その目が死者の目だった。

ホラーな意味ではない。
別に目玉がなかったとか、白目がないとか(大体猫って白目ないじゃん)
そうゆう意味じゃないけれど、
少し薄い膜の張った・・・そうゆう死者のまなざしだったんだ。

ハッとした時、目が覚めた。

勿論、そこにあるのは寝る前、そして夢で見たのと寸分違わない光景である。

ただ、猫の姿だけがない。

・・・あぁ、そうか。
もう行くのか。
その前に二匹で挨拶に来たのだな。
何処までも初代は長老に連れ添うのだなぁ。

それから数日間はまだちょくちょくと気配を感じていたけれど、
やがて2匹の気配は私の周りから消失した。

2匹仲良く、次の棲家へ旅立って行ったのだ。

猫もやっぱり恩は忘れず

まぁこの長老の件以降も、初代だけはたまに姿を現した。
どんな時に来ていたのかというと、
雄の黒猫が持病の膀胱炎を発症する前に来る。
それもここの所は殆ど来なくなった。

長老は全く来ない。
エリンギもこれ以来姿を見せない。

うちのダンナに言わせたら、長老は死んだ時点でかなり満足していたようで、
初代はもう少しこの世にいたかったらしい。
まぁ、多分、長老の事や雄猫の事が気がかりだったんだろう。

もし生まれ変わりというのが本当にあるのなら、
いずれももう何処かで違うモノに生まれ変わっているのかもしれない。

ただ、初代は確実に長毛の三毛猫になる気だというのは知っている。

・・・まぁこれも見たのだ、夢で。

大分前にテレビで‟画像がちょっとずつ変わって、いつの間にか違うものになる”
というのが流行った事がある。

あれと同じ要領で、
私が初代を抱いて顔を見ているんだが、目の前ですうっと三毛猫に変わったのだ。

何故かそうして姿を変えたのに、眼差しだけは初代のままで私を見ていた。
「あぁ、次は三毛猫になるのだなぁ」
と確信した。

別にこれを単なる夢と解釈してもいいし、
そう思う人がいても構わない。

こうゆう確信というのは味わった本人にしか分からないのだ。
理屈だの常識だの、そんなものをぶっ飛ばす強い強制にも近い確信なんだ。

他人の言葉や常識に捕らわれて、否定する必要はない。
かと言って他人に同意を求める必要もない。
自分だけが信じて、自分だけが大事にすればいいんだ。

そしてこれは私だけの特別な体験とは思わない。
誰にでも起こりうる事だと思う。

私はこの体験で、
人は縁のあるもの、大事なものはどんなに姿形が変わっても、
必ず見つけられるのだと思った。

それは霊感なんて特別なものじゃない。
そうゆうものが縁で絆だ。

必ずしも本人が来ない時もある。
ただ「あぁ!」と思った時に現れるものは、自分が大事にしているものと
なにがしかの繋がりがあるのだ、きっと。
そうゆう想いが繋いだ、新しい縁だ。

私は・・・・そうだなぁ、
私はたまたま分かりやすく見ているだけに過ぎない。

どうしてそうなるのかは、やっぱり「お神のみぞ知る」だが、
ひょっとしたら、こうして語らせる事がその理由かもしれない。

奇跡は特定の特別だと名乗る人にだけ起きるものではないと。
誰にでも密かに起こっているという事を。

 

いずれにしろ、猫は猫で恩も義理も忘れないという事だ。

ちなみに‟恨みも恩のうち”なので、
まかり間違っても虐待などしないように。

・・・死後キッチリお礼参りにくるだろうからな。

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