奇妙な話

猫の恩返しは死んでから

うちのダンナが私の犬猫を愛でながら言う事がある。

「犬の恩返しは死ぬまで。猫の恩返しは死んでから」

これがどうゆう事かと言うと、
犬は生きている間、主人に付き従い恩を返し、
猫は生前好き勝手に生き、死後恩を返しに来ると言う事らしい。

恩、恩なぁ。

犬はさておき、猫は
‟家につく”とか
‟恩を三日で忘れる”
などと言われるが・・・

はてさて、本当の所はどうなんだろう?

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黒猫という守護者

古今東西を問わず、猫を愛する絵描きは多い。

ダ・ヴィンチは
「猫は神の作った最高傑作である」
という言葉を残し、
ピカソやダリも猫を愛した。

猫のフォルムや仕草は芸術家の心を捕らえて離さない。
まぁ私もその猫に魅了された絵描きの一人だ。

“猫は生きているだけで偉い”

っていうのは、私が常々言っている事だが、
働かないのが良い事の猫達の中で、
特別な任につく猫がうちには必ず一匹いる。

それが“柴猫家守護役筆頭”黒猫である。

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妙に動物が集う人は一体何者なのか?

「子供と動物が好きな人に悪い人はいない」
とよく言うが、個人的にこれは違うと思っている。

何しろ本人が好きでも相手が好きかどうかは別だし、
‟好き”だと思う理由は様々だ。

だから安易に‟動物(子供)好き=善人”とは言い難い。

が、本人が好きか嫌いかはさておき
「子供や動物が寄ってくる人」
はどうなんだろう?と時々思う。

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“神さんのかあさん”のご神託

私が人生で最初に会った拝み屋は
“神さんのかあさん”と呼ばれる、
小柄で何処までも普通の婆ちゃんだった。

祈祷をしている様子もきっと知らない人が見たら
ただの信心深い婆さんが祝詞を上げているようにしか
見えなかったのではなか?と思うほど、
仕事風景も服装も普通であった。

が、今だから思う。

意外と本当の拝み屋とはそうゆうものかもしれない。

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“神さんのかあさん”という田舎の拝み屋

私が“怪異”と呼ばれるものに度々遭遇する明確な理由は、
今も昔もよく分からない。

よく分からないが、どんなものにも
「不幸中の幸い」
というのは存在する。

世の中には色んな怪異に関わる人がいるが、
私は人生の最初の頃に中々よい人に面倒を見てもらえた。

私が人生で最初に会った怪異の専門家は、
和装の似合う小さい婆ちゃんだった。

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正夢ギャンブラー

私には特別な能力はないはずだが、子供の頃から
俗に言う「正夢」を頻繁に見る。

夢に友人がドレスで出てきて「結婚するの」と告げたら、
その翌週に会った際、本当に「結婚する」と言われたり。

知人が「彼氏がウイルス性の病気で入院して」
と語る夢を見た数週間後、
本当にその彼氏がウィルス性の病気で入院したり。

まぁこうゆうのが割としょっちゅうだ。

そして、数ある正夢の中でひとつ
破格の夢がある。

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黄昏の葬列

今まで一般的な心霊譚で聞かないような奇妙なものを散々見ている。
いや、全く普通のモノも見ないわけではないが、
逆にそれは普通過ぎて一見怪異とは分からん。

分からんが・・・後からどれだけ考えても不可解なのが怪異だ。

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この木なんの木、天狗の木

いつの頃からか、木に“変なモノ”がいるのを見るようになった。

昔から変なモノは見るが、
何が見えるかは年代によって変化する。

それにどうゆう法則性があるのかは
いまだに謎だ。

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女子高の赤い腕

雨の日は、いつもよりも怪異との遭遇率が高い気がする。

よく「水辺には魂が集う」というが、確かに怪異を見た後、
周りをよく見ると傍に池など水場があったというのは
私の人生において“あるある”だ。

これは、そんな彼岸と此岸が少し近くなる雨の日の話。

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