旅立ちはいつも一人 ~巨猫、虹の橋を渡る~

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世の中には
富める者にも貧しい者にも
人であっても獣であっても
平等に体験する事が二つだけある。

それは‟誕生と死”だ。

そしてそれは体験する本人だけでなく、
それを見届けるものにとっても
たった一度のとても稀有な事である。

巨猫逝く

2020年2月28日。
巨猫が他界した。

前回の記事から色々とゴタゴタとあったのだが、
それはひとまず置いておき、
まずは巨猫にいつも温かいお言葉を下さり
応援して下さった皆様に
深く感謝をさせて頂きたいと思う。

どちら様もありがとうございます。
お蔭で彼は自分の猫生を生ききる事が出来ました。

一介の野良猫としてひっそり生まれ、
本来ならばもっと前に
やはり誰にも知られず
死んでいくはずだったのに。

ネットを通してとはいえ、
その姿を目に留め
「美しい」「大きい」「可愛い」と
沢山褒めて頂くことになろうとは
本人は全く思ってもいなかった事でしょう。

皆様から頂いた励ましの言葉は、
私が全て読み聞かせていたのですが、
それをよくゴロゴロと喉を鳴らして聞いておりました。

この日まで巨猫が生きていられたのは
皆様のお気持ちも大きかったと思います。

誠にありがとうございます。

旅立ちはいつも一人

その日のあらましを順を追って説明すると、
まず朝一番の食事は普通に食べ、
その後もウロウロと歩き回っていた。

そして3時間後の出社前に
少しの量の食事を与えた所嘔吐してしまったのだが、
これについては「やる時はやる」し、
その後も呼吸に異常がなく
脱水の具合を確認しても大丈夫だった。

少し顔周りを拭いて
「帰ったら蒸しタオルでもっときれいに拭いてあげるよ」
と言って出社。

これが生きた巨猫に触れた最期であった。

その日は少し忙しく19時前に帰宅した。
巨猫のいる部屋に向かう途中にあるキッチンへ差し掛かると
そこに巨猫が伏せている。

いや、この時点で私には
すでに巨猫の中身は‟空”であるとすぐに分かった。

褒められた特技ではないが、
私はある時から生きているものと死んでいるものの違いが
瞬間的に分かるようになったのだ。

それでも念のため心音などを確認しようとしたのだが
触った時点ですでに体温はなく
硬直も始まっていた。

とりあえず、病院へ電話しつつダンナから車の鍵を借りに行く。
そのまま最短ルートではなく、
もっとも安全ルートで病院へ行き
鼻のカテーテルと手についていた点滴チューブを外してもらう。
そして普通に帰宅する。

勿論、帰りも最短ではなく再安全ルートだ。

どうして時間のかかる再安全ルートを行くのか?
そんなの自分では冷静なつもりでもそうではないかもしれないし、
犬猫を乗せている時は緊急の時以外は
いつもそのルートを使うからだ。

私は、まだどうにかなるかもしれない状況では
意外とテンパる癖に
「もうどうにもならんわ」となると
妙に冷静になる。
それこそ冷徹なほどに冷静になる。

帰宅して改めて現場検証をしてみる。
周りにも他の部屋にも嘔吐などの痕跡はない。
そして倒れていた場所もチェックする。

周りにかきむしったり、大きく暴れた痕跡はない。
そもそも、倒れ方が横倒しではなく
うつ伏せに突っ伏すようになっていた。

別に私も専門家ではないから絶対とは言わないが、
発作等で倒れている猫は大体横倒しになっている。

巨猫を含めて3匹発作を起こした猫を直接見ているが
必ず最後は横倒しになるのだ。

そしてキッチンのその場所は、
巨猫がいつも使う動線上。

そこから推測すると、
どうも発作を起こしてもがき苦しんで
最期を迎えたわけではなさそうである。

私が出掛けて数時間後・・・
恐らく正午あたりに
いつも通り水を飲みに隣室へ移動。
(ベッドの前に水はあるが、たまに隣室に飲みに行く)

そこでひとしきり過ごし、
ベッドへ戻る途中
なにがしかの身体的異変が起こり座り込み
・・・・そしてそのままこと切れたのだろう。

そう思わざるおえないほど、普通に伏せていた。
そして顔が穏やかだった。
穏やかで綺麗な顔をしていたんだ。

看取れなかったことは悔やまない ~孤高の魂~

今までの話の流れを見れば分かる通り、
私は巨猫を看取る事が出来なかった。

実は歴代の猫の中で初めて看取れなかった猫である。

だが、私は自分で想像した以上にそれを気に病んでいない。
この死についてもそうだが、
きっと彼は一人で出て行くんじゃないかと
何となく予感があったんだ。

それは彼の出自を考えると納得するといえば、
納得する話だ。

先の3匹はいずれも飼猫の親を持ち、
人の家で人の気配を感じながら
この世に生まれ出た。

でも巨猫は野良だった。
野良として人知れず生まれた。
だから、きっと旅立つ時も似た環境を選んだのだ。

多分、そこは懐いているとかいないとか、
愛情があったとかなかったとか、
そうゆう表層のものとは別次元の話なんだと思う。

本能として持っているというよりも
人で言う所の「物心」がつく前から刷り込まれる
感覚的学習、
そうゆう部分なのではないだろうか?

彼は、私がかつて
「例え懐かなくとも家の中に野良猫がいて
餌付けして眺めているのだと思えばいい」
と思った通り、最後までその孤高の本性を
持っていたのだ。

仮に立ち会えたとしても
彼のここから先の道行きに私は同行する事は出来ない。

結局、旅立ちはいつも一人なのだ。

猫は一体何処まで人の事情を察するのか?

それと、これは自分への慰めかもしれないが、
巨猫は私にまだ普通の暮らしをさせたかったんじゃないのか?
とも思う。

ここで時折、不思議な与太話を書いているが、
私の中のそうゆうモノに関わる目盛りが
どのようにして変わっていったか?というと、
いつもではないが、
大概が身近な者の死がきっかけである。

友人、親、猫。
何かあってしばらくすると
いつの間にか視えるものが増えているのである。

始めのうちは喪失体験によって出来た心の傷(笑)で
幻覚でも見えているんだろうと思っていたが、
そうではなく、
“死=彼岸”
という異界に深く触れる事がポイントらしい。
(勿論それ以外にも理由はあるがここでは割愛)

もっとも、これは
最期を看取る、看取らないには関係ないようなので
巨猫の気遣いはあまり意味がない。

しかし、また今回それが発生するにしても
今まで以上にマイルドに行われると非常に助かる。

何しろ今の私は
‟余計なモノが視えるとやってられない仕事”
をライスワークにしている。

ライスワークと言いつつも今の仕事は
中々興味深い特殊分野で、ネタとしては特上。
正直、絵以上にこの世に生きる全ての人達に関係のある仕事だ。

そして、ある意味絵描きとしての技量も使えるし磨ける。
ついでに言えば割もいい。

私は、一主婦と言いつつも一家の稼ぎ頭だ。
ダンナに養ってもらっているわけではない。
(物凄く勘違いされているが全くもって養ってもらってない)

巨猫がいなくなった後も
柴子、二代目、ダンナを
食わせていかねばならん。
そうゆう事情もあり、もう少し続けたい。

猫が一体どれだけ人の事情を
察していたのかは分からない。

だが、家庭守護役でなくとも
彼もやはり黒猫で
不思議な所のある奴だった。

以前書いたが、
彼は一番最初の尿道閉塞を機に
私に懐き始めた。
そして、病院で暴れる事も一切なくなった。

私はこれを
「病院は自分の苦痛を取り除いてくれる場所と理解した」
と解釈しているが、
猫の知能と心理で
通常そのような事を理解できるのだろうか?

そうでなくとも巨猫は小さな頃から我が家にいる猫に比べると
飼猫であれば持っている概念が幾つか抜けているように
見受けられた。
そんな猫がそこだけ都合よく理解するなんてあるのだろうか?

その答えは分からない。
しかし、そのようにして巨猫が私や他の猫や柴子と
10年を超える時を過ごしたのは紛れもない事実である。

去年、尿道の手術をしてくれた主治医は常々

「猫の考えている事だけは理解できません。
恐らく思考を読み取れても人には理解できないでしょう、
奇想天外すぎて

と仰っていたが、
この年負うごとに隠者、賢老染みていきつつも
いつまでも若々しさを垣間見せる
変な生き物の考えている事を理解するには
人にはもっと長い時間がいるのだ。

まだしばらく続く巨猫の話

そんなわけで、これが巨猫が旅立った日のあらましである。

ただ、前回の記事から間が空いてしまい、
その間に様々な事があった。

私が大して面白くもない猫の闘病記を書いているのは、
同じようにペットの介護をする人に
ほんの少しでも参考にして頂ければといいという事と
「大丈夫!苦悩しているのはあなただけではない!」
と思ってもらう事が目的である。

なので、まだしばらくの間は、
少し巨猫の闘病についてまとめていきたい。

あれから1週間ほど経過したが、
別に落ち込んだりはしていないし、
毎日泣き暮らしてもいない。

推定14歳という年齢は
最近の猫界ではまだ早い方だとは思うが、
それでも人で言ったら70代。
早すぎるわけではない。

それに彼のお蔭で、また一つやりたい事が出来た。

きっとそのやりたい事の先で
違う形で私は彼と向き合う事になる。

 

それと・・・・
死してもなお、やはり彼は
まだ家にいるのだ。

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