贄の夢 ~考察編~

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子供の頃、私は
非常にグロテスクな悪夢
をよく見ていた。

その事について「お前の先祖な~」というような話を
ジジイに言われたのだが、
その時言われた事に行きつくには、
また更に数年の経過が必要だった。

今回はその数年後、
「贄(にえ)の夢 ~考察編~」
として、夢と現実の関連を追ってみたい。

※一つ前の具体的な夢の話はこちらへ。
「贄の夢」

「人柱」「生贄」とは?

夢の内容とジジイの
「お前の先祖から人柱が出てるぞ」
という話から、
まずは人柱というものについて少し考えてみたい。

昔話(民話)を見ていると
「生贄」「人身御供」「人柱」

という話がちょいちょい出る。
(実は神話よりも民話が好きです)

有名な話では
「雉も鳴かずば撃たれまい」
の元になる話で、
私は2パターン知っているが
とりあえず言葉が原因で人柱にされる話だ。

もっと古いものだと、埴輪の由来で
元々は埴輪ではなく人を埋めていたという話。

これはどちらかというと生贄というより殉葬(殉死)になる。
私らの学生の頃は、日本史の授業でもそんな話が出ていた気がするし、
手塚治虫先生の「火の鳥(ヤマト編)」のラストも
それに絡めた流れとなっている。
(多分これのOVAを初めて見たのは小学校高学年~中学生。
あのラストシーンは見ていて色んな意味で震えた)

しかし、実際にこの殉葬の習慣については、
「骨が出てないのだから伝説だよ派」
「日本の気候を考慮したら骨なんて残らねぇよ派」
という感じで二分してるらしい。

「生贄」「人柱」というものは
話としては残っているが、
実際の証拠としてそれらしきものが出た例は少ないようだ。

よって私には本当にそうゆうものがあったかどうかの
判断は出来ない。

私も民俗学系統の本は読むが、
別にそこに焦点を当てて読んでいるわけではないし、
そこに書かれている事も
余程決定的な出土品がなければ推測に過ぎない事も多い。

まぁ世界的に見ると、
殉葬・生贄・人柱、そういう風習のあった文化は多いので、
日本でも昔はあったと考えるのが妥当だろう。

今だったら信じられない‟口減らし”や‟間引き”も
実際に行われていたのだ。

有力な出土品がないというだけで、
殉葬が全くないとも言い切れない。

ちなみに‟人柱” ‟人身御供” ‟殉葬”は
厳密に言うと意味が違うんだが、
言った本人(ジジイ)はそこまで
細かい事を気にしていない風なので、
「まぁそんな枠に入る事」
と、とらえて読み進めて欲しい。

※そこまで細かくツッコむと収集つかなくなるから。
特にあの人らがポコっと喋る事って、
本人の言葉じゃない事が多々あるから。

古墳

先祖うんぬんはさておき、
ジジイに
「お前の家の近くに古墳(遺跡)あるだろ」
と言われてから、更に数年後。

ある年、私は犬を連れて実家に帰省した。

帰省にしろ旅行にしろ、
犬連れであれば朝晩散歩へ行くわけで、
その日は隣町へ散歩に出た。

市内はともかく、ほぼ山の中に近いこの辺りは
およそ‟変化”とは縁遠く、
うん年ぶりに歩く道は記憶と殆ど変わらないもの
だったんだが・・・
そこに唐突に入り込む異物

道の端に見た事がない看板が立っている。

白地に黒で必要最低限の情報だけが書かれた看板。
その最低限の情報とは

【〇〇古墳跡地←】

古墳・・・だと?

この頃になってもまだ私は古典的古墳概念から
逃れられずにいた(笑)


※古典的古墳概念=前方後円墳

ちなみにこの時はジジイに言われた事なんて
すっかり忘れていた(爆)
完全に興味本位で‟こっふんさま”古墳を見に
山へ入っていったんだ。

が、私の古典的古墳概念を叩き割るように
そこに待っていたのは
「ここが跡地だぜ↓」という看板と
微妙にこんもりした地面だけだった。

まぁ大体古墳跡なんてそんなもんだが、
家の近所にあったなんて知らなかった。

一体何が出土したんだろうなぁとか、
何時代のモノなんだろうなぁとか
歩きながら考えていたんだが・・・

待てよ?
実家と古墳。
古墳の傍の実家。
いやいや、実家の傍に古墳、遺跡。

なんだっけ?
なんかそんな話を誰かとしたような?

・・・・・・あ、前にジジイが言っていた事だ。

 

この古墳がいつ発見されたかは、
調べてみたがよく分からない。
ただ、この数年前、
この辺り一帯に高速道路が通った
という事
がある。

高速道路の建設の調査で、
遺跡や発掘物が出る
という事は割とあるんだそうだ。

まぁ山や森は、そんな事でもなければ
ほっくり返したりしないからな。

実家裏の道路の工事着工は
私が実家を出た数年後だったので、
その時に発見されて看板が立ったのなら
なるほど、看板に見覚えがないわけだ。

 

名古屋に戻った後、
興味本位で実家周辺の事を調べると
隣町どころじゃなかった、
実家の周りが既に遺跡だらけだった(爆)

あくまでもネットで市が公開している遺跡地図を見ただけなのだが、
それだけでも同じ町内の割と実家寄りに7か所ある。

んで、そのうち一つは
家から100mも離れてない。
(しかも遺跡の名前に実家の地名が入ってる)

ちなみにどの時代のものが出ているかというと、
縄文・奈良・平安辺り。
特に隣町の古墳は土器から勾玉、蕨手刀(わらびてとう)
まで出ているようだな。

そりゃまぁ、確かに昔から人はいたから、
誰でも昔‟何か”だった上に住んでるんだろうが・・・

盛大に出すぎて、笑うしかなかった一件である。

夢の考察

話が長期に渡っているので一度時系列に並べると

  • 2~12歳頃まで夢を見る。
  • 20歳前半くらい(多分)に夢の話をして
    「家の傍に古墳~」の話を聞く。
  • 30歳過ぎに実家周辺の古墳跡地についてなど知る。
    って所かな?

先祖うんぬんについては、確認の取りようがないので
真偽は定められない。

んで、こうゆう話をすると
やっぱり
「その先祖の生まれ変わりがあなたなのよ!」
っていう‟前世の記憶厨”がいると思う。

もしくは
「それはあなたの無意識に眠る残虐性が!!」
っていう‟夢は絶対に願望の表れ厨”もいると思う。

あとは
「それはその土地の記憶で、あなたはサイコメトラーなのよ!!」
っていう‟不思議な力厨”もいるかもしれない。

※この話とは別件で、この3つのパターンの人には
すでに遭遇済みです。

遺伝子の記憶

結局元ネタが「夢」である以上、
どんな説をだしても推論の域を出られない。

そこを含めて説を立てると、
私は上記以上に遺伝子というものに注目したい。

人は遺伝子で色んなモノを受け継ぐ。
身体的特徴から体質までも受け継ぐ。

そして実は受け継がれるのは肉体的なものだけじゃなく、
記憶もひっそりと引き継いでいるんじゃないか?
と思う時がある。

もっとも通常の記憶とは違って、
イメージだけの抽象的な記憶
にはなると思う。

学習して身につける記憶っていうより、
本能的な記憶っていうのかな?

んで、それは先祖の中の特定の一人の記憶というより、
一族全体で共有するもの
と考えてみる。

記憶というと形のないものに思えるが、
結局それを貯蔵しているのはだ。

代を繰り返す中で決まったものを見ていたら、
それはもうDNAに刻まれるんじゃないのかなぁ?
って思ったりするんだよ。

特に今回のような内容は生死に関わる話だろ。
普通の記憶より残りそうなんだよな。

あまり書くとまた話がややこしくなるので、
興味がある人は
「本能的記憶」とか「恐怖遺伝子」とか
まぁその辺で検索してくれれば、
私の言いたい事は何となく分かるだろう。

現在はかなり多くの事を
DNAから調べられるようになった。

とはいえ初期の頃のDNA鑑定の精度は悪く、
分かる事もほんの一握りだった。
(だから冤罪も発生していたわけ)

そこから考えると
今は‟ない”とされていても
今後DNA鑑定の進歩により
新たにそうゆう記憶的なものを引き出せる可能性が
0ではないのだ。

(少なくとも、前世が誰だったかを確認するよりも
実現可能かつ、精度は高いと思う)

他の説否定の理由

ちなみに私は「前世の記憶」は今回に限り完全否定する。

前のギロチンの夢は、
夢で見た人々の大まかな服装、建物の作りなどが
ギロチンが実際に使われていた時代のものと一致しているから
ある程度‟有り”だと思う。

が、今回はそれはない。

仮にこれが殉葬の記憶だとして、
そうすると時代背景的に
‟だだっ広い室内”
‟人を生きたまま柱に塗る込める”
は技術的に難しいんじゃないか?
と思う。
(ちなみに柱の表面はとてもフラットだった。
左官屋さんが塗った如く滑らかな表面だった)

これは‟ギロチンの夢”と同様に
知識がないと思われる年頃から見た夢が他にもあり、
後から「これ、夢の内容と一致する」という
史実を見つけているからだ。

今回の夢は、どう考えても史実との一致を見いだせない。
そこから推測すると
「この夢だけ例外」
とは考えにくい。

更に「無意識からの欲求なんたら」も微妙だと思う。
無意識にしても、あの内容は幼児の想像の枠を超えすぎてる。

確かに私の生まれた頃には既にテレビがあったので
テレビで見たのが刷り込まれてって考えてもいいけれど、
いくら昔のテレビが今に比べてフリーダムだったとはいえ、
あれはないわヾノ・∀・`)ムリムリ

そしてそれが私の残虐性うんぬんの現れとか言うなら、
私は今シリ癖の悪い巨大な猫を飼ってない。

週1の割合で、うちの犬よりデカイうんこを
布団の上にする猫だぜ?
たまにケツを糞まみれにして走り回ってるんだぜ?

オマケに甘える時、この強靭な顎で私を噛む。
(本人は甘噛みのつもりらしい)

正直、持ち合わせてる全ての慈悲を総動員しないと
コイツとは暮らせない(爆)

 

更に更に「サイコメトラー説」はありえない。
これが一番ありえない(笑)

確かに残留思念というのはあると思う。
日本には付喪神って考え方もあるしね。
でもないわ、サイコメトラーはないわヾノ・∀・`)ムリムリ

そうゆう人がいてもいいけど、
とりあえず私は違うな。

終結 ~ルーツを辿るきっかけ~

夢の元凶は、確かに先祖絡みの事かとは思う。

ただ‟先祖の生まれ変わり”と考えるよりも、
一種の「先祖返り」と考えたほうが、
可能性は低くても確立で考えると0じゃないんだよな。
(だからDNAの話になってくるわけよ)

しかし、そう仮定する前提として
うちの一族がいつからそこに住んでいるか?
って問題が出てくる。

これについては
別に家系図があるような立派な家じゃないから
現時点では分からない。

でもかなりの確立で、
近代に入ってきたわけではなさそうだ。

とりあえず苗字と家紋から見ると、
その土地に昔からいた(つまり一杯いる)
一族なんだよな。
菩提寺の宗派もその地方では比較的多いものだ。

あと、特別歴史的な事があった家系じゃなくても
他所から移動してきた話は‟口伝”で残る事が多い。

特に田舎は祖父さん祖母さんが同居してたり、
傍にいるケースが多いから
改まった話ではなく日常の中で
「うちは元々〇〇にいてな」
って話が伝えられていくんだよ。

年寄はそうゆう話好きだしな(笑)

うちの場合、父方祖父は私が生まれる前に亡くなっているが、
傍に本家もあるし、基本親戚は大体近所にいる。

よく名古屋生まれでも「千葉に従妹が」とか
「本家が新潟」とかいう人いるだろ?
うちはそうゆうのが一切ない。

遠くの親戚は、明確な理由で
ごく最近移動している。
(転勤とか結婚とか)

分かる範疇で父方母方、祖母方まで調べたが
一つも出ないんだ、そうゆう移動の話が。

いずれにしろ、上記のような事をまとめて考えていくと、
右から左に移るくらいの移動はあっても
大幅な移動はないと考えるのが妥当だ。

何処に意味を求めるか?

「夢」に意味を求めるのは馬鹿馬鹿しいとは思うが、
あえてこれに意味づけをし、
スピリチュアルっぽいワードで表すなら

先祖の事を忘れるな

って話なんだと思う。

先祖というとやや綺麗。
結局の所
礎になった者
ってやつだ。

良く言えば‟先人の恩恵”
悪く言えば‟先人の屍”
そのてっぺんに我々は立っているのだ。

どんな人間でも、そうして築かれた
礎のてっぺんにいる。
そしてやがては自分もその礎に入っていく。

誰しもが贄なんだ。
贄を食い、贄として食われる。
一方的、片方の立場だけって事はない。

私がこのように後々まで謎を残す夢を何度も見たのは、

‟礎になった者達を努々忘るることなかれ”

こうゆう事なのかなぁと思ったりするんだ。
ほら「努々(ゆめゆめ)」だし!!

私としては、どちらかというとそこが一番腑に落ちる所で、
だから「どうして自分が?」とかそうゆうのは
今はどうでもよくなっている。

だから別に無意識でも集合意識でも
サイコメトリーでも神託でも何でもいいんだけどさ。

こんな事がなかったら
考えないでしょ?こうゆう事。

それが、
この夢に託された一番の意味
なのかと、とりあえず今は思っている。

そしてそのためにも辿れるだけは
一族のルーツを辿ってみようと思う。

それが
‟努々忘るることなかれ”
に繋がっていくからね。

それを誰に伝えていくかはまだ決めていないが、
時々誰かがそうして残していかないと
消えちゃうからね。
特に我が家は短命家系なわけだし。

とりあえず次にいつ帰省するかは分からんが、
行けたら菩提寺から資料館まで
一通り調べてみようと思う。

結局、やり始めると面白くなるのが、
私のいい所であり悪い所で、

あえて「選ばれた」という言い方をするなら、
こうゆうタチだから選ばれたのだ。

今、私の下に連なる先人たちと
今後、私の上に立つ後人たちにな。

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