30歳年上で拝み屋のダンナがいますが、それが何か?

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世間一般で言われる

“標準的価値観”

というのは、何となく分かっているつもりだ。
そして、そこに基準を合わせて考える事もなくはない。

ただ、最終的に自分が“好ましい”と思う事を選択していくと、
チャートの行きつく先は大体その“標準的価値感”とやらから

斜め45度くらいズレている。

というのが私で、そしてそれが「変人」と呼ばれる所以だ。

別にそのズレを合わせる事も出来るが、合わせた所で何の利がある?

どうせ人間なんて“なくて七癖”
表面では「私は普通だ」って澄ましているが、
どいつもこいつも
蓋を開けたらド変態だ。

と思っているので、私は潔くズレたままにしてある!!(笑)

いいんだよ、注文とか印刷所に回す時の寸法さえ合ってりゃ、
私生活とか思想ズレてても仕事は出来る。

それに変人でもちゃんと交通法規とゴミ出しルールは守っている。

世の中には変人じゃなくても、交通ルールとゴミ出しのルールが
守れん奴がいるのだ。

だから変人でいる事自体は何の法にも触れないし、
ご近所の平和も乱さない(`・ω・´)ノ

・・・・でも変人らしい(笑)

 

で、その変人的ズレの最たるものが、
名目上“ダンナ”と位置付けている奴。

ダンナと呼んではいるが、籍は入れずに事実婚だ。
元々人生設計に結婚という文字は一度も登場した事がない。
そもそも興味がない。

それでもダンナと呼ぶのは、まぁいい加減
「うちの彼氏が・・・」
という程浅い付き合いでもないからだ。

ダンナが病院に担ぎ込まれた時、書類に“内妻”って書いておいてだな、
今更
「カレシです(´>ω∂`)てへぺろ☆」
とかねぇだろう。

 

ダンナとはかれこれ20年以上一緒にいる。
そしてダンナと私は30歳の年の差がある。

70過ぎたプレ後期高齢者を「彼氏」って変でしょ。
まだ「ダンナ」のほうが合うでしょ。
(どっちもどっちという意見は受け付けない)

 

30も年の離れた男と事実婚という時点で結構キテる気がするが、
そこへトドメを刺すのがダンナの職業だ。

私のダンナという奴は、もう40年くらい
“拝み屋”
って仕事をしている。

拝み屋っていうのはつまり、霊能者と呼ばれている人達だ。

ダンナは分類でいけば修験者に当たる。

昔は山籠りや滝行というベタな修行をしていた事もあるが、
別に元からそうだったわけじゃないらしい。
元々は小さい会社の社長だ。

そう、元々は
「神がいるなら俺の前に連れてこ~い!!」
とか言ってた奴が、何でだかこうゆう仕事についている。

実はやっている本人が「どうしてこうなった?」というのは
“スピリチュアルなご職業あるある”だ。

ダンナもその例に漏れず今でも
「会社、超順調だったんだけどな~」
と言っている。

 

先に書いた通り、もう70を回るので、当然の事ながらネットでも何処でも
宣伝などはしていない。
まかり間違ってもタウンページに広告なんぞ出していない。

知る人ぞ知る・・・というとカッコいいが、
ぶっちゃけ“知らん人は知らん”という奴だ(笑)

数年前に病気をしてからは仕事は控えめ。
ただ腕は悪くないもんで、方々の神社仏閣の宮司や住職には名が知れているし、
今でも一応仕事はある。

 

今までこうゆう話でダンナの事を語る時は「色々視えちゃうダンナ」で
“視えダンナ”程度で済ませていたんだけど、最近はもうどうでもいいと思っている。

“ダンナが修験者で拝み屋稼業をしている”という理由で

私に仕事を頼みたくないとか、
私と付き合いたくない

って奴には初めから来てもらわなくて構わないので、もう公開する事にした。

何処まで行ってもダンナはダンナで、私は私だ。

 

例えば、ダンナはイマイチ精神医学について懐疑的だ。
しかし、親の仕事の関係でガキの頃から精神病院に出入りしていた私は、
大学の専攻は宗教学などではなく心理学だ。

万が一、ダンナが「腹が痛いので滝行をする」と言ったら、
恐らく私はその顔面に全力で正露丸を叩きつけるだろう。

まぁこれらは例えだけれど、それ位の違いがあるって事だ。

 

大体さ、ダンナの職業を伏せてると話出来ない所とかあって、
そこ言わないとか勿体ないじゃん!!

もう絵描きなんて“変でなんぼ”だから、体裁気にしてそこ言わないとか、
つまんないじゃん!!

 

それにダンナの職業笠に着て偉そうにするわけじゃないけれど、
たまに出会う「スピリチュアルマウント」が好きな人達はこれで避けれるんだよね。

居ませんか?
「自分には不思議な力があって、自分は霊的レベルが高い。
だから、お前もっと俺を敬え、崇め奉れ」
みたいな事をいうお馬鹿さん。

そうゆう手合いには
「うちのダンナ修験者ですけど、お話合いそうなので今度連れてきますね」
と笑顔で言うと、大体二度と目の前に現れない。

 

私単体でもどうも非現実的な事に縁があるし、ダンナも加われば尚更だ。

だからこそ、私は現実に重きを置いて暮らしている。

絵描きなんて花食って生活しているみたいな仕事だが、
絵は現実の世界で描くから意味がある。

描かれている世界が空想の物でも、
絵自体は現実に物理的に存在しているから意味がある。

だから、私とダンナは一緒にいても全然別モノだ。

“似た者夫婦”というよりも、
天秤がどちらか一方に傾き過ぎないように両側に乗る“重し”なんだ。

 

とはいえ、20年以上“拝み屋の嫁”をしていると嫌でも覚えるというか、
勝手に覚える事は山ほどある。
そしていらぬ芸も増える。

別にオカルトマニアでもスピリチュアルオタクでもないんだが、
話聞くと気になって調べちゃうからな。

何でもそうなんだよ、気になるとひとまず調べてみないと納得しないんだ。
(↑これがふり幅が大きくなる原因)

それこそ“正しい参拝のお作法”から“玉串奉奠(たまぐしほうてん)”くらい
知らなきゃ、うちのダンナの嫁は出来ん(;・∀・)

 

あとこうゆう話になると必ず皆が考える事を先に言っておく。

こうゆう職業の人間がいつも必ず
“=新興宗教”
の人間ではない。

「ダンナの仕事は拝み屋だよ」と言うと、8割くらいの人が
「え?宗教やってんの?」
っていうリアクションを返す。

で、こうゆう時の宗教というのは=新興宗教だ。

 

勿論、中にはそうゆう人もいるが、うちのダンナを始めとして
私が親しくしている人達は、大体何処にも属していないし、
特定の信者を集める事もしていない。

ついでに言えば・・・・幸運の壺とかも売ってない(笑)

特にうちのダンナなんかは
“拝んでなんぼだから拝み屋”
ってポリシーがあって、補助的にお札やお守りを作っても
全部タダで配ってる。

ここも大いなる誤解なんだけど、“年上のダンナ”って言うと、
なんかそれだけで「養ってもらって好きな事し放題」って思ってる人がいる。

我が家は私が稼ぎ頭だ。

当然だ、↑で儲かるわけないし、たまに入ってきてもたかが知れている。

そしてその“たかが知れている”分も、
大体は日頃お世話になっている神社への奉納で消える。
(毎年、三重の神社の放生会に使う鯉を奉納している)

更に言えば、そうゆう人間だから職業に関わらず一緒にいる。

一般的な「良いダンナ」の基準からは外れるが、
私にとっては「面白いダンナ」なのだ。

 

ちなみに、こうゆう世を忍ぶご職業の人が日頃どうしているかと言うと

この犬の下僕として日夜ご機嫌取りに勤しんでいる(爆)

当たり前じゃな~い、霊能者だろうが何だろうが仕事とプライベートは別。

だって人間だもの(笑)

例え外で先生と呼ばれても、
守護に幹部クラスの白龍を連れていても、

この小さい柴犬には親分として認めてもらえず、
オヤツがないと“おすわり”すらしてもらえないのである(笑)

 

そうゆう
“変わってはいるが何処までも普通の男の嫁”
っていうのが、絵描き以外にいくつかある私の顔の一つだ。

たまに面倒臭いと思うが、まぁそれなりに気に入っているんだよ。

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