犬の恩返しは死ぬまで

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「犬の恩返しは死ぬまで、猫の恩返しは死んでから」

一体何の根拠があるのか知らんが、
うちのダンナはよくこの言葉を口にする。

以前、この死んでからの猫の恩返し的な話を書いたが、
結局、犬はどうなのだろう?

今日はそんな犬が死んでからの物語。

犬の怪・イレギュラー

私は動物の絵をよく描くが、
別に直接動物を扱う仕事をしているわけではないので、
一応「純然たる趣味」として、
昔から様々な動物と顔を突き合わせている。

一番顔を付き合わせる機会が多いのは必然的に身近な動物になるが、
とりわけ‟犬”は「散歩」という習慣もあるため、
飼い主も込みでかなりの数と顔を合わせる事になる。

そこそこ長く同じ地域に住んで付き合いをしていると、
やがて巡ってくるのは“別れ”だ。

飼い犬の場合は直接臨終に立ち会うのではなく、
‟訃報”という形で耳に入るわけだが・・・・。

こういった‟犬仲間”は、大概ご近所なので
犬がいなくなった後も偶然見かける機会はある。
もしくは多頭飼いだった場合、残った犬の散歩でお見掛けする。

・・・・すると、その横に亡くなったはずの犬がいる。

もちろん、いつも見えるわけではない。
が、見える時は見える。
そして見える姿は生前とほとんど変わらない。

強いて言えば、生前愛想のいい犬も
死後は主以外に見向きもしない事が多い。
当然たまたま見えてしまっている私など‟あうとおぶ眼中”
彼らの目はひたすら主の姿を追い、
その笑顔は主にだけ向けられる。

だが、なんにしたって‟イレギュラー”は発生する。

ラブラドールとベビーカー

‟彼女”と初めて出会ったのは、今から10年以上前になる。

ラブラドール・レトリーバというごくありふれた犬種だが、
その体毛はラブにしては珍しい‟チョコレートカラー”
俗に「チョコラブ」と呼ばれる色だった。

その頃、私はまだ「マイ犬なしの犬好き」で、
外で犬を見かける度に眺めては‟犬成分”を補給していた。

まぁ、人によっては声を掛けて触るんだろうが、
私は見知らぬ人に声をかけられる事はあっても
自分から声を掛ける事は少ない。
勘違いされがちだが、そこまで人懐こい性格はしとらんのだ。

彼女についても同様で、別に自分から声を掛けた事はない。
にも拘らず、彼女の事をよく覚えていたのは、
飼い主が押すベビーカーに静かに付き従う姿が印象的だったからだ。

賢いと言われるラブラドールだが、実は若い頃はかなり活発だ。
そして、その活発さに手を焼く飼い主は多い。

それなのに彼女は、ずいぶんと落ち着いているので、
これは本人の気質もさることながら、
余程手をかけて育てたのだなぁと関心していたのだ。

当時は名古屋でも豪邸が立ち並ぶ地域の外れに住んでいたので、
それこそラブやゴールデンは沢山いたが、
中々このような大人しい犬はいなかった。

 

そこから数年。
私の元へ柴犬・柴子がやってきた。

そこから広がった“犬繋がり”で、彼女とその主であるSさん一家と
付き合う事になるのだから縁とは奇妙なものである。

一口に「大人しい」と言っても、その大人しい性質の詳細は三者三様。
そこは犬も変わらない。

実際に付き合うようになり、彼女の大人しさの中身を見る事になったのだが、
彼女の温厚篤実ぶりはラブ特有の明朗さに、
彼女が生来持つ寛大さ愛情の細やかさを
大型犬という身体的余裕が支えて出来ているもののようだった。

そんな穏やかな彼女は柴子と2歳ほどしか違わなかったのだが、
やはり大型犬の老いは小型の柴より少し早い。

彼女が12歳になった年、
家族に見守られる中、静かに旅立って行った。

まぁここまでなら‟普通の話”なんだが・・・・

ただここから先がお定まりの‟不思議な話”で、
私は何故かそこから方々で彼女を見かける事になったのだ。

その1:いとまごい

そもそも彼女は、亡くなった日の晩、我が家にやってきたようだ。

その頃は既に今の家に越していて、
Sさん一家と毎日会うような事はなかったが、
容態が良くないのは知っていた。
だが、あくまで話だけなので、どの程度かは分からない。

その日もふと気にかかり、
「明日にでも連絡してみようかなぁ?」
と考えていた。

思えばこの‟ふと思う”というのが俗に言う虫の知らせであり、
そうとしか言えなくなるように、
その夜遅く“何か”が我が家に訪ねてきた。

大きくて、黒っぽく、明らかに人間ではない‟何か”

悪意がないのは分かるが、何かは上手く判別出来ない。
そして判然としない理由は私の客ではないからだ。

何しろ基本は0感。
それを見るかどうかは、その怪とうちのお神の都合で決まるのだ。
私にゃ選択権はねぇ。
出来るのは精々シャットダウンと‟気のせい”だと信じる事だけだ。

その日はダンナの部屋から2つ下にある仕事部屋で寝ていたので、
家の中の人間は私一人。それ以外は犬と猫。
私の客人でなければ、残りの誰かを訪ねた事になる。

しかし、獣を訪ねて来る怪なんてあるのだろうか?

翌日「あれは何だったのだろう?」と思っていたら、
S嫁さんから「前日に亡くなった」という連絡が入り納得した。
あれ‟彼女”だ。

なるほど、肉体のくびきから放たれた彼女は、いとまを告げに来たのだ。
うちの‟邪祓いの黒猫二代目”に。

実はうちの二代目は、
元々Sさん宅の縁の下で生まれ、
母猫がそこに置き去りにしていった猫なんだ。

縁の下から保護されてSさん宅にいる間、
彼女は小さな小さな二代目の事を大変気にかけていたそうだ。

犬とはいえ実の子のS息子くんよりも先に家にいて、
いわば「S家長女」という立場で、ずっとS息子くんを見守り続けた彼女。
たった数日とはいえ、家にいた二代目のことも
「私の小さい妹」
と思っていたのかもしれない。

何しろ、二代目が我が家に引き取られ数年経っても、
S家の人々が「子猫ちゃんは?」と言うと、子猫が置かれていた場所へ
行っては、探すような動作をしていたらしい。

それがどんな理由からの行動なのかは定かではないが、
いずれにしろ気がかりな事の一つだったのかもしれない。

その2:バレエの発表会にて

次に「おや?」と思ったのは、S息子くんのバレエの発表会だった。

S家はダンス一家で、息子のS息子くんも小さなころからバレエを習っている。
週に数回あるバレエのレッスン。
その教室までの送り迎えは、S嫁さんと彼女だった。

その日、私は年に一度ある発表会のチケットを頂いて客席から観覧していた。
S息子くんの番になり、しばらく普通に見ていた筈なんだが・・・
ふと、舞台の隅に‟それ”がいるのに気付いてしまった。

茶色の床と裾に続く闇に溶け込みそうで溶け込めない
茶色いドッチリとした体躯の・・・・

ジュニアスクールの発表会とはいえ、
バレエの舞台裾に犬がいるという光景。
そしてその犬は当然の如く‟彼女”なのである。

思わず客席で口ぽか~ん( ゚д゚)になったのは言うまでもない。

通常ならば見えない距離の彼女の表情は、
怪異ならではの明瞭さで実によく見えた。

舞台を眺める彼女は、
見た事もないほど嬉しそうな顔をしていた。

その3:神社の大祭にて

子供バレエの発表会の舞台袖にチョコラブの霊がいる!!
・・・という怪談なんだか快談なんだか分からんモノを見て、
もう終わりだろうと思っていたが、そうではなかった。
次の舞台は神社である。

市内の神社の秋の大祭の前夜祭に、
Sダンナさんはフラメンコを奉納する。

・・・・実はたまたま知り合った人がここの氏子総代だったんだ(笑)

喫煙所でポロリと「知り合いでフラメンコダンサーがいる」
と言ったのがきっかけで、毎年踊って頂いているのだ。
お蔭様で毎年大盛況。
そりゃ神社の前夜祭で本格フラメンコが見れるなんて他で聞いた事がねぇ。

私もフラメンコを見るのは好きだから当然会場に赴き、
そこでS一家と合流したのだが・・・・
その横に当然のように彼女がいるのである。

S嫁「いやぁ、さっきそこで○ちゃん(犬)にあったんだけど吠えられちゃったよぉ。
うちの子と仲悪かったから匂いに吠えてるのかなぁ?」

匂いどころか、本人いますけどっっ!!

・・・・と喉元まで出かけたが、勿論この時は黙っていた。
いや、言えるか。

彼女がS嫁さんの横で私を見ながら満面の笑みで
尻尾をぶん回しているなんて口が裂けても言えん!!

その後、ステージで華麗に舞うダンナさんをS嫁さん達と並んで見ていた。
まぁ私も常時見えていたわけじゃないけどな。
(ハッと気づくと座っていて、時折尻尾をばったんばったんしている)

 

このようにして、私は行く先々で彼女を見た。
正確にはS一家の行く先々に彼女が同行しているのを見た。

ちなみにS嫁さんについて特記すべき事がないように思われるだろうが、
基本、彼女はいつもS嫁さんの横だ。

S嫁さん中心に他の家族それぞれについて歩く・・・まぁそんな感じだった。
言い方に語弊があるかもしれないが、犬は叱られる事も込みで、
自分を一番気にかけてくれている人が誰かちゃんと分かっている。

彼女にとって群れの真のリーダーはS嫁さんだったのだ。

見えなくても分かる事

彼女が亡くなって、一番世話をしていただろうS嫁さんが心配だったが、
実は密かに小学生のS息子くんが落ち込んでいるんじゃないかと思っていた。

子供が一体いつから死というものを理解できるのか。
私は子育てをした事がないから分からないが、
自分の経験で行けば、意外と子供は大人が思う以上に
よく分かっていたりする事もある。

んで、ある時それとなく「S息子くん大丈夫かい?」と聞いた所、

「それが、S息子は毎日一緒に学校に行っていると言うのよ」

・・・と、何とも言えん顔をしていた。
まぁ親としては子供がそんな事言ってたらそんな顔になるわな。

しかし、私にはそれは納得の答えだった。
何しろ似たようなものを‟見ちゃってる”からな。
(しかもその話している時は息子くんは留守で彼女もいないし。
本当について行ってるんだよ・・・・)

S息子くんは小学生とはいえ、もう10歳前後だったし、
同年代の子より大人びた所もある子だ。
寂しさからつまらん嘘や妄想を吐く子ではない。

多分、彼に彼女の姿は見えていなかっただろう。
だが、こうゆうものは‟見える”とかそうゆう上っ面の問題ではない。
もっと深い所で‟分かる”のだ。

S息子くんは確かに利発な子だが、子供特有の感性で彼女の気配を感じて、
率直にそれを言っていたんだと思う。

何故、彼女は度々私の前に現れるのか?

それにしても・・・・よく見かけるな。

何度も言うが、私には基本霊の類は見えない。
たまたまチャンネルが合ったものは別として、
それ以外を見るには、幾つか条件がある。

その一つを分かりやすく言えば「生前からの縁」だ。

確かにうちには二代目という‟生きた縁”もいるし、
私は彼女をよく見知ってはいるが・・・それにしてもよく見る。
しかも、あちらがコチラにバッチリ視線を合わせてくる。

冒頭で述べた通り、たまに飼い主に連れ添う犬を見る事はある。
だが、これはあくまでも私が‟たまたま”見かけているだけに過ぎない。
だから、アチラとは目線が合わないのだ。
極端な話、アチラはこちらの存在に気付いていないのだ。

それなのに彼女はあからさまにこちらに視線を合わせて来る。
しかも、思い切り期待に満ちた眼差しで・・・・。

こうゆう時の理由は一つしかない。
「自分の代わりに伝えて欲しい事がある」

マズい、このパターンはそれをしない限り、
ずっと見える。
何しろチャンネル主導権はアチラにあるんだから

彼女が伝えて欲しい事は分かってる。
分かっているのだ。
ただな、S嫁さんは‟この手の話”があまり好きではない。

好きではない人には必要であっても
話はしたくないんだ。

これが人の怪で、恨めし気に見てくるのであれば、
「言いたい事があるのなら、テメェで夢枕にでも立てやボケェ!」
と一蹴する所だが・・・・相手は犬。

無理だ、猫もそうだが犬も生きてても死んでても可愛いのだ。
頼むから、その穢れなき純粋なまなこで見つめないでくれ!!

私は結構押しに弱いんだよ、
大体な、動物と根競べしたら、よほど気合を入れてかからんと
人のほうが負けてしまうんだ。
(躾の失敗とは、この動物との根競べで敗北したといってよい)
そのうち負けて、ペラペラと喋ってしまいそうじゃないか!!

・・・というわけで、これ以外にCさんに会う度に
あらゆるところで彼女を見かけ、
その度に熱いアイコンタクトビームを放射される羽目になったんだ・・・・。

※続編はこちらから犬の恩返しは死ぬまで ~巡る縁~

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