板子の下 ~日本海で釣り糸を垂れていた頃の話~

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

‟山ガール”
‟釣りガール”
という言葉が
誕生・定着してから何年経つかは忘れたが、

実は私はかつて
‟釣りガール”のパイオニア(笑)
であった。

・・・いや、単純に
親が釣りバカだっただけの話だ。

釣りバカ親子日記

実家にいた頃、好きな事の一つに「釣り」があった。

「好き」というよりも
気付いた時には、釣りバカ親父が
所有していたフィッシングボートで
釣り竿を握らされていた。

更に小学校の高学年になる頃には
舵を握り、
甲板で飲みながら釣りをする
オッサンたちを生温い目で見ていた。

私が幼少の話をする時、
どうしても親父の話は外せない。

すると大分年の離れたダンナの事もあり
「お父さんと大変仲が良かったんですね
※ファザコンとフリガナがつく。
と意味ありげな笑顔を向けられるのだが、
別に親父と特別仲が良かったわけではない。

ただ単純に趣味と性格の一部が一致していただけだ。

ちなみに性格の一致箇所に至っては、
お互い「直情傾向の頑固者」という
最悪な部分・・・が、一致していた。

まぁ結果は勝手にご想像頂こう。

それでも釣りに誘われて
嫌がらずについて行ったのは

ついて行けば、
沖に出られたから。

子供の頃から海が好きだった。

海からそこまで遠くないとはいえ、
子供の足で行ける範囲に
水平線が見える場所はなく、
私の日常にはいつも重苦しい山があった。

沖に出た時だけは、
その重苦しさから解放された。

「釣りが好きだ」
というのは口実で
私は沖に出て波に揺られるために
釣りをしていた
のである。

イカ釣り漁船に乗って

季節によって様々な魚を釣ったが、
中でも一番面白かったのはイカ釣りだった。

イカ釣りは、私が実家を出てから親父が見つけた
新しい釣りの分野だ。

最初の切っ掛けが何かは知らないが、
親父はいつの間にか地元の漁師と仲良くなり、
仕事を手伝う名目で漁船に乗せてらう話を
とりつけていたのである。

ある年の夏に帰省すると、親父が
「漁船に乗ってイカを釣らないか?」
という。

イカをどうやって釣るか知らないが、
あの集魚灯きらめく漁船に乗ってみたいし、
なにより漁船なら間違いなく沖に行く。

大した話も聞かずに二つ返事で
付いて行った。

親父がいつも乗せてもらう漁船は、
ある漁師兄弟が二人で操船している
本物の‟兄弟船”であった。

よく喋る漁師(兄)のほうが
私を見るなり

漁「連れてくる子って、息子じゃなく娘のほうかいな!!」

と目を丸くしていたのが今も忘れられない。

そりゃそうだろう、
当時の私はまだバイクに乗る前で
「真夏でも柴猫さんが横にいると体感温度が3度は下がる」
と周囲に言わしめた白い肌。
腰まで伸びるストレートロング。

顔の良し悪しはさておき、
黙って立ってりゃ大和撫子なんだから。

今思い出しても、
屈強な海の漢に混じって
一晩中釣りをするようには
どうやっても見えねぇ。

が、勇壮な日本海に沈みゆく夕日を横目に
親父たちに混じってガンガンと荷物を運び
船をかっ飛ばしても
顔色一つ変えずにいるので
ポイントにつく頃には
「あ、やっぱり、マサさん(親父)の血筋なんだな」
と、妙に納得していた。

さて、イカ釣り漁船におけるイカ釣りなんだが、
船のサイドにはこの写真にあるような
イカを釣るための装置がある。

我々が実際に釣り糸を垂れるのは、船の後方だ。

イカを釣るのに餌はいらない。
代りに「おっぱい針」と呼ばれる
仕掛けを大体一竿4~5個つけて
水深25m以下まで落としていたと思う。

リールは電動だし、竿は一応船に固定しているが
全く力がいらないということはない。

実際イカが掛かった時には、
竿を支えながらあげなければならない。

スーパーで売っているイカは軽いが、
生きていて海で泳ぐイカは重い。
その身にたっぷりと海水を吸っているからだ。

そして糸についた針は4~5個。
Max5杯かかるという事だ。
その竿を支えて引き上げるのだから
重いというほど重くはないが、軽いとも言えない。

そして、クーラーボックスに入れるにしても
‟沖漬け”のタレに入れるにしても
海水を吐かせてから入れるが、
イカも食われたくはないから必死に抵抗して、
大体、顔面に墨や海水をふきかけてくる。

※美味しい沖漬けを作るためには、
イカが生きているうちに海水を吐かせ
その状態でタレに突っ込み、臓腑の奥まで
タレを吸わせなあかんのです。

真っ暗な海の真っ只中、
木の葉のようにたゆたゆと漂う船の上、
イカを釣り上げては針から外し、
釣り上げては外す。

これをクーラーボックスとタレの箱が一杯になるまで
延々と繰り返す。

更に、船の両脇にある自動巻き上げの装置は、
巻き上げと同時に勝手にイカから針がはずれて
下に落ちて流れていく仕組みになっているものの、
素直に落ちるイカばかりではない。

イカというのは飛ぶ

針から外れて飛んできたイカが
釣り人を襲うっっ!!

ぼんやりしていると、
勢いよく飛んできたイカが後頭部に当たり
バランスを崩して海に落ちそうになる。
※普通の体格の人にとっては、結構な衝撃。

そして、時々竿から離れて
漁師側の箱詰めを手伝いに行く。
勿論、この時点でまだイカは生きている。

そりゃもうピッチピッチであるため
また墨と海水を吐かれる。

もうなんというか、
全体的にネチョネチョのドロドロで
パリパリである。

この状態でほぼ一晩過ごす(爆)

漁師さん曰く、たまに人は乗せるが
大の男でも一晩持たない人も多いそうだ。

当然の事ながら私のような一見スーパーインドアの娘は
1時間も持たずに泣きだすと思っていたらしい。

漁「あんた、よく平気だなぁ」

と呆れたように言っていたが、
例え平気でなくとも海の上。

泣いてなんとかなるなら泣くが、
泣いたって揺れが収まるわけじゃなし、
船が引き返してくれることもない。

それに誘ったのは親父だが、
行くと返事をしてついてきたのは私だ。
嫌なら次から来なけりゃいいだけで、
自分で来ておいて文句は言えねぇ。

だが、私の中に「もう金輪際来ない」という選択はなかった。
そして気持ち悪くなっている暇もなかった。

糸を垂らせば休む暇がない勢いでイカが釣れる。
更にイカを狙ったシイラもくる。

シイラ。流石にここまでデカイのは稀かと。刺身でも食えるけれど安全のために大体帰宅後にムニエル的なモノにする。

そうしたら竿を持ち替えシイラを釣る。

シイラは小さいやつでも結構ガッツリ引いてくれるので
格闘する時の気分は
「松方弘樹・世界を釣る!!」

こんな状態なので酔ったりへばったりしている暇がない。

そして、釣ったばかりのイカを捌いて刺身で食ったり、
開いたイカを集魚灯の傍に干して作る
一夜干しをアテにして飲む酒が美味い。

酒は当然、日本酒一択。
おちょこなんてない。コップだ。
全員水でも飲むようにコップで酒を飲む。

漁「・・・・酔わねぇのかよ?」

どっちにだ?酒か船か?
・・・・いずれにしろ酔わない(笑)

本当に、こんな調子で、
くわえタバコで竿を持ち、
イカを釣り、
イカを積め、
酒を飲んではまた糸を垂れ、
シイラと格闘し、
飛んでくるイカを避け、
タバコに火をつけ
当たりが来るまで刺身をつまむ

・・・・というのを漁が終了する夜明け前まで続ける。

板子一枚下の世界

漁に出て楽しみだったのは、
手の空いた漁師さんと飲みながら
色々な海の話を聞かせてもらう事だ。

愛護の人には怒られそうだが、
漁の邪魔をするイルカをモリで突いて
もったいないから食ってみた話
もっとも面白かった。

漁師兄は訛りは酷いが話が上手い。
何でアレで嫁がこねぇのかなぁ?

※イルカの追い込み漁などがあるから、
美味いのかと思いきや、漁師さん曰く不味かったらしい。
なんかちゃんと煮物にすると美味いらしいが・・・。

 

「板子一枚下は地獄」

というのは、漁師という仕事がいかに危険かを
言い表した言葉だ。

釣りや漁というものを
残酷だという人もいる。

でも現実に海に出れば、
板子一枚下は人が生きていけない世界なのだ。
いつ立場が逆転するか分からないのだ。

そんな食うか食われるかの状況で
残酷という言葉は通用するのだろうか?

イカやシイラが漁船に集まるのは、
光が好きだからでも
釣り上げられるためでもない。

光のある所に彼らの食糧が集まるからだ。
大魚も小魚も食らうために
彼らは集まってくるのだ。

そして、

彼らにとっては、我々もまた獲物の一つで、
今日は運よく食われる側に回らなかった。

たったそれだけの差なのだ。

考えすぎだろうか?
だが、釣り上げられるイカが
その途中で別の魚に食いちぎられて、
のたうちながら上がってくるのを見ていると
そう思わずにいられないのだ。

絶対的な王者などいないし、
捕食者もまた、捕食されている側に
生かされている。

人が思う綺麗事(ドラマティック)は、
足元の世界にはない。

あるのは、命が流転していく
サイクルだけだ。
故に、恐ろしくも美しい。

 

最後に船に乗って沖へ出てから
もう10年近く経ってしまった気がする。

ただ、私はあの足元に広がる

‟楽園で地獄”

という世界を今も忘れられないし、
これからも忘れたくないと
思っているのである。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。