海龍ロード ~海の龍は〇〇のような姿をしている~

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この間の北陸弾丸ツーリングのメインは
氣多大社への参拝であった。

まぁ親の事もあるけれど、
それとは別に興味があった理由と
わざわざ敦賀から海沿いを走った理由が
あったりする。

事始め ~一枚の写真から始まる物語~

今回、北陸へ行ったのは
母が日頃拝み倒させて頂いているお礼だが、
それがなくとも能登は一度
行ってみたい所だった。

話は数年前の事。

そちらの出身の人が里帰りした折、
私に一枚の写真を送ってきた。

何の変哲もない鳥居の写真である。

写っているのは、
鳥居とその向こうに茂る森、
その上に広がる雲一つない青空。

・・・なのだが、
私にはその鳥居の奥から
にゅ~っと顔を出す‟龍の姿”が見える。

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

な、なんじゃごりゃぁぁぁぁ~!!

と、心の中でお決まりの
ジーパン刑事風に叫んだのは
それがただの龍でなく、

想像を超えた異形の姿

だったから。

世にも美しい・・・・ウツボで龍

今にして思えば、
何であれを見て「龍」だと思ったのかが
自分でも不思議だ。

それは、一般的な龍に比べると
テロ~ンとしたフォルム
をしていた。

そして通常、龍が首を伸ばしていたら
腹には蛇腹が見える。
が、コイツには、それがない。

そして、一応申し訳程度にあるはずの
腕が完全にないっぽい。
(だからテロ~ンとしている)

蛇のようといえばそうだが、
どう見ても蛇ではない。
コイツは龍だ。

それにしても、このフォルム、
何かに似ている・・・・・

リュウグウノツカイ(深海魚)か?
いやあそこまでマヌケ面でもないし、
薄っぺらくもない。

だが、いずれにしろ海の生き物だ。

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・あ・・・・ウツボだ(爆)

海のギャング。からりと唐揚げにするとおいしく頂けるらしい

何処となくウツボに似ている。

とはいえ、別に‟そのまま”というわけではない。

そこに珊瑚のような角と
ミノカサゴについているような
大きくて優美なヒレがついている。

体表は一見青緑ではあるが、
魚の鱗の色というよりは、
貝の螺鈿(らでん)のように複雑な光を放っている。

私が視る龍というのは共通して
目が光っているんだが、
コイツの光は何処か柔らかで
皮膚の光沢と相まって真珠でも嵌め込んでいるようだ。

そう、フォルムがウツボに似ているにも関わらず、
全体を通してみると
竜宮の宝物庫から這い出てきたような美しさ
・・・なのである。

が、問題はそこじゃない。

何処をどうしたら神社の鳥居の写真を見て
これが出てくる?

という事だ。

先の話の通り、
送られてきた写真に写っているのは
鳥居と木と空だけである。

雲が龍の形をしているとか、
枝の模様がとか、
そうゆう話ではない。

写真のその場所に空しか写っていないのは
私だって百も承知だ。

いつもの事だが、‟目”で見ているのではない。

私の中の怪異を感知する場所(レイヤー)にだけ
その異形の姿が写っている。

毎度こうゆうものを視る度に
妄想であれば、何か
‟その元になるモノ”
があっていいと思うのだが、
今回はまるっきりないのだ。

こんなデーハーなウツボ、
私の脳の何処から湧いて出たんだ?

オマケに、写真には海要素が一つもないのに
どうしてコイツは海要素満載の姿をしているのだろう?

更に更に、見れば見るほど・・・
鼻の奥というよりも、脳の奥が磯臭い。

写真を見て変なモノが視えたり
匂いがするのは初めてじゃないが
一体、これはどうゆう事だ。

しばし情報をまとめる。

海は写っていないものの、
恐らくこの鳥居は海に面して建っている。

そしてこの美しくも珍妙な龍は・・・
龍は龍でも‟海龍”
と呼ぶべきもの。

もちろん、その後すぐにダンナに写真を見せ
何も言わずに「どう?」と聞いたら

ダ「あぁ、海龍さんが顔を出しているじゃないか」

と、事も無げにいう。

・・・・やっぱり幻覚じゃなかったのかぁぁぁぁ(;・∀・)

そんなわけで、一体何処の鳥居の写真なのか
送り主に聞いたところ、この鳥居は

実際に海辺に建っていて
その先にあるのは、
能登一宮として有名な氣多大社

だという。

日本の海という場所

海龍というと、当然その主は
海神(わたつみ)さんに
なるかと思う。

それなのに祭神が大国主の氣多さんに
どうして海龍がいるんだよ?
と思わなくもない。

まぁあのような姿なのは単純に
‟海の傍だから”
というのが一番の理由な気もする。

「能登に行くか」と思った時、
ふと思い出したのは、この奇妙な龍の事だ。

別に行ったからといって
何かあるとは思えない。
私は凡人すぎるほど凡人だからだ。

でも、あえて敦賀から海沿いを回ったのは
走る理由は一つでも多いほうが楽しい
たったそれだけの事である。

 

結果から言えば、
海沿いを走っている間は
特別な事はなかった。

いや、確かに沖に何かいるけど。
でも如何せん、視ているのが私だからな。
アテにならなさすぎるだろう。

しかし、だからと言って
ガッカリもしなかった。

別にそこに特別なモノがなくとも
北陸の海、
とどのつまり日本海の眺めは
私の心を満たすのに十分だったから。

呼鳥門、東尋坊、
この二つも面白かったし、
自然というのは凄いものだと思わせる。

でも、結局何が一番良いかと言えば
空と海しかない眺めがいい。

あの何の変哲もない
退屈な眺めがいいのだ。

世の中の‟絶景”と言われるものは
ザックリ分ければ二通りあると思う。

綺麗だと思う風景と
心を打つ風景

前者は意外と沢山ある。
後者は前者ほど沢山存在せず、
しかしながら人の心の数だけある。

これはあくまで私個人の話だが
私にとってハワイや沖縄の青い海は前者だが、
後者にはなりえない。

日本海の眺めは、
前者のように万人に感動を与えないが
代りに私の心を打つ。

その理由は
私がいつか沖で感じた
板子一枚下の楽園と地獄を
今も忘れていないからだ。

そしてその色彩の薄い
夏でもグレーがかった殺風景な風景こそ
故郷の海だからだ。

ここはどうやっても変えられぬのだ。

龍の通り道

今回は、ガソリンの関係で
あの一の鳥居の真ん前には行かなかった。

鳥居はさておき、
氣多さんも噂にたがわず
とんでもない所だと思ったよ。

なんか知らんけど、あそこの拝殿というより
更に奥の本殿だと思うんだけど、
グ~っと光が渦を巻いてたし。

あれだけのモノを
リアルタイムでハッキリ
視せてもらえるのは珍しい。
多分、母ちゃんの代りに来た駄賃だ。

 

参拝を終えて駐車場からバイクに跨り
二の鳥居前のゆるい坂を
下り始めた時だ。

向こうに‟一の鳥居”が見える。

それが目に入ったか入らないかの瞬間、
私の中でその通りは
‟海の中”
になっていた。

それと同時に
横を何かが猛烈な勢いで泳ぎ抜けていった。

物理的には突風が吹き抜けたのだろうが、
‟頭が海になっている”私には
そのようにしか言い表すことが出来ない。

あ、うん。
結局な、沖の気配は勘違いじゃなく
本当にあの龍がず~っと横を泳いでいて、
最後の最後でそれをアピールしていったのだ。

怪異の考えは結局ようわからん

帰宅後、定番の「後から調べ」で
結局氣多さんって何やろう?と調べると、

第8代孝元天皇の御代に祭神の大己貴命が出雲から
300余神を率いて来降し、
化鳥・大蛇を退治して海路を開いた
『気多神社縁起』

という話があるようだ。

あと、この場所から少し離れた七尾市にある
気田本宮(能登生国玉比古神社)が元々の場所であり、
そこから崇神天皇が今の場所に勧請したという話もある。
(だから今七尾の社は‟本宮”と呼ばれているのだとか)

本宮の話はさておいて、
出雲から海路で来たというのが・・・
なんか面白いと思ってな。

私は「絶対にない」と証明が立つまで
「あるかもしれん」と考えて考察するのが好きだが、

あの海龍は、その大国主の一団に
ついてきたモノなのかもしれない。

それと今でこそ二の鳥居まで
海から500~600m離れているが、
昔はもっと海まで近かったのではないかなぁ?
なんて思ったりもする。

名古屋の熱田も元々海だったそうだし、
ありえない話ではない。

気多さんと海龍の関係はいいとして(いいのかよ?)

なんで写真で視えちゃったかなぁ?
つーか、最後のあのアピールなんだよ?

肝心なのはそこで、結局その肝心な事が
今回もまた分からない。

分かったのは、
動いてても奴は何処となくウツボっぽい
その一点のみである。

本当、人外の考えている事は
謎が多すぎる・・・・。

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