3行創建記から古代人の移動を妄想する

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一つの事から
芋づる式に考え始める。

というのが、
創作をしている人間の習性である。

妄想癖と言いたかったら言ってくれ。
だが、人の歴史は
「こうかもしれん」
の妄想の積み重ねである。

古代の世界を妄想する

しつこいと言われそうだが、
氣多さんの話が面白過ぎ
色々と漁って妄想したので
ネタとして投下したい。

あそこの創建に関しては色んな説があるようだが、
とりあえず私が一番カッコえぇなぁと思ったのが
やっぱりコレである。

第8代孝元天皇の御代に祭神の大己貴命が出雲から
300余神を率いて来降し、
化鳥・大蛇を退治して海路を開いた

やってきたのが大国主(大己貴命)かどうかは別として
今のように車もバイクも公共交通機関もない時代に
‟出雲→石川”
という距離を移動してきたというエピソードが面白い。

オマケに‟化鳥・大蛇を退治”とは
一体なんの比喩なんだろう!!

考えただけでもワクワクする!

そんなわけで、気多大社はさておき
古代人の旅を妄想してみたのである。

あのエピソードは何時代?

移動について考える前に
時間軸について考えてみたい。

なぜ時間軸、要は時代を考える必要があるか?
というのは後程出てくるので
ここでは割愛する。

今問題とすべきは
‟8代孝元天皇、お前は何時代の人類だ?”
という話だ。

単純に神武天皇から時代数えりゃいいじゃん
って思うけれど、
じゃあ神武天皇って実際西暦のどの辺に生きてた人?

そして、そもそもこの神武天皇
‟実在がかなり怪しい”
と、言われている。

続いて2代から9代までの天皇も
「欠史八代(けっしはちだい)」
と言われ、神武天皇以上に存在が怪しい。

ちなみに、欠史八代を過ぎ
実在した可能性が高いと言われるのが崇神天皇。
(崩御120歳というのは目を瞑るぜ・・・)

奈良県天理市には崇神天皇陵というのがあって、
私も何度か訪れた事がある。

この崇神天皇がいた時代は、
大よそ古墳時代とされている。

そして神武天皇が活躍した時代は、
そのまま西暦換算すると紀元前660年頃
というのが一番一般的な説らしい。
(諸説あり過ぎるよ)

大まかな時代区分としては、
縄文末期~弥生時代早期
※最近の研究では、弥生時代がもっと前倒しされているらしい。

ってな具合で考えると、この孝元天皇を含む
欠史八代の部分は
古墳~弥生時代(縄文末期)
考えるのが妥当だと思う。

弥生~古墳時代というと、
かの有名な「邪馬台国」があったと言われる時代だ。
時代設定としては申し分ないのでは
ないだろうか?

出雲から能登までは陸路で一体何キロ?

さて、古代人は出雲から能登まで
どうやってやってきたのだろう?

ひとまず海路はおいて、
出雲から能登まで陸路で何キロあるんや?
を考えてみたい。

ちなみに現代基準の定番「Googleマップ」で
起点を出雲大社と気多大社にし、
徒歩移動の計測の場合どうなるか?というと、

距離は559km。
時間にして120時間になる。

ただ、Googleマップはあくまで現在の舗装された道、
トンネル、そうゆうものを使用して歩く設定なので
この通りとは絶対に思えない。

まぁ倍にするほどではないにしろ、
あちこち迂回すると考えて距離は700kmくらい
するのが妥当かと思う。

そして歩く時間だが、
江戸時代の人が旅をする時は
1日平均30kmほど歩いたとされている。

単純計算で23日
もう少し余裕を持たせて考えて
1か月の旅だ。

江戸時代に江戸っ子一生に一度の楽しみ
‟伊勢参り”をするのにかかった日数が
往復1か月という事なので
中々決死の大移動である。

出雲から能登まで海路だとどうなる?

次に海路での場合を考えてみる。

Googleマップは残念な事に海路は算出してくれない。
そこで今のフェリー航行ルートを参考にしたいのだが、
あいにく敦賀辺りから島根にいくルートがない。

そこで同じくらいの距離と思われる
「敦賀→新潟」間を見てみると
距離は公開されていないが、
所用時間はおよそ12時間である。
(次の秋田まで行っても20時間)

ただ、これはあくまで現代の造船技術で作られた
大型フェリーでのハ・ナ・シ。

そこで重要になってくるのが
時代設定である!

‟人が乗れて水に浮かぶ”
という船のベースはどの時代も変わらない。

が、オプションが時代によってかなり異なる!
弥生~古墳時代の船ってどんなのだ?

現代であればエンジンがあるけれど、
昔はそんなものなかったわけで、
基本は人力。

後は海流と風力を使う事になると思うが、
今私たちが思い浮かべるような画期的な帆船は
弥生時代にはなかったらしい。

これについては
「弥生時代から大陸と交流があった」
という説もあるので何とも言えない。

ただ、その後の時代に作られている
遣唐使船があのレベル
なので・・・絶対に期待は出来ない。
※搭乗員に祈祷師が標準配置される運まかせレベル

古墳時代の船の旅で参考文献とするのが妥当なのは
「魏志倭人伝」なんだが、
それと遣唐使船について書かれている話を元に
推測すると、古代の船は
速度が大体1~2ノット(時速約2~4km)
くらいになりそうだ。

大阪歴史博物館の古墳時代の船型埴輪 ※海洋総合辞典様よりお借りしております。

先に提示した大型フェリーは
大体25~30ノットで航行しているそうなので
単純に1/10として考えて
フェリーで12時間なら昔の船で120時間。

大体5日という事になるが、
これは、あくまでMax速度で24時間進み続けた場合。

帆がなくて人力だった場合や
帆があっても風向きが良い時しか
使えないと考えると・・・・

やっぱり10~14日は必要だったんじゃないだろうか?

それと一度も陸に停泊しないで行く想定だと
水などの食料品を積まねばならない。
積むものが多ければ船は重くなる。

現代フェリーの航路を見ても
思い切り沖に出ることはなく
陸がチラチラ見えるくらいの所を進んでいるので
この時代もその位の位置を進んでいたと思う。

それと船のサイズと搭乗人数も考えねばならない。

創建記によると、能登にやってきたのは300人ほどらしい。

一隻に一体何人乗っていたのだろう。

速度を算出する際に見たサイト
‟排水量13トン、全長16.5m、漕ぎ手14人で巡航2ノット”
という話が載っていた。
※「科学する邪馬台国」http://inoues.net/science/war.html

そこを基準に考えると同じくらいの規模の船で
交代要員含め18人くらいで乗ったとする。
すると16~18隻くらいに分乗していく事になるんだよなぁ。

船16艘って船団じゃん。

そして普通だったらここまでで妄想は終わるのだが、
創建記には、
途中で化鳥・大蛇を退治”
って書いてあるんだよね。

こうゆう話の‟ふぁんたじぃ要素”は、
大体何かの比喩だったりする事が多いのだが、
今回はそのままUMAが出たとしてみよう。

神話や英雄譚の化け物退治って
そこだけ切り取るととてもカッコよく思える。

でも大事な事なのでもう一度言います。

時代背景を考慮して考えると
船は絶対にブラックパール号や
ゴーイングメリー号のようなサイズではない。

どっちかというと公園のボートを
大型バスよりちょっと大きくした程度の船。
で、その上で化け物と戦う。

おかしいな、英雄譚のはずなのに
冷静に考えれば考えるほど
マンモス追い回している古代人
みたいな絵面しか浮かばない。
もしくは「白鯨」

「退治しました」と、ちゃらっと1行で軽く書かれているが、
実際にやるとなったら一大事業である。

まとめ 想像するのは人の勝手です

こんな話を人にすると、大概の人は
「何でそんな事を考えるのか?」
「誇大妄想すぎるだろう」
という。

まぁこれは単純に癖なのだ。
私は昔から本が好きだし、
読めばそこに書かれた情景を
思い浮かべるのが常だ。

その舞台設定が自分の知らない時代であれば、
想像の情景に空白の部分が生じる。
そこを埋めてみたくなるのだ。

本を読んでいて知らない言葉が出てきたら、
スルーするか、辞書を引くかの違いだろうな。

別に難癖をつけようって訳じゃない。
単純にそれがどのように行われたのか
知りたいだけなのだ。

難癖つけたいだけなら
半日以上潰して調べないから(笑)

いずれにしろ、古代における移動は
現代人の我々が想像する以上に大変であり、
しかしそこを超えた歴史があるから
今我々が見ている世界があるのだ。

 

で、ここからは、オマケというか
私の‟悪い癖”なんだが・・・

私は‟人力ボート”というと
すぐにスワンボートを連想してしまう。

っていうか、私には
何でもスワンボートに乗せてしまう癖
がある。

・・・・ふと、

「基本2人乗りのスワンボートに乗って300人が移動したら、
150艘のスワンボートが一斉に日本海を渡るのか」

って思っちゃってね。
ついつい、考えちゃったんだよ・・・

押し寄せる150艘に及ぶスワンボート

構造的にスワンボートは海のような
波のある水上を航行するのに向かないのだが、
昔「電波少年」で改造したスワンボート出てたし、
全くもって不可能ではないだろう。

スワンボートも遅いけれど、
当時の船が1~2ノットだからね。
同じくらいの速度でも
手漕ぎより足漕ぎのほうが楽な気がするんだよ。

しかも搭乗するのは、
車に懐柔されまくった現代人ではなく
何処に行くのも己の身一つみたいな古代人だから
絶対に3ノットは出ると思うんだ。

しかも足漕ぎだから両手は空くじゃない?

怪鳥でても大蛇出ても
弓打てんだろ?

ヤマトタケルの白鳥伝説とかもあるし
絵面的にいいと思うんだよ、スワンボート。

漕ぎ手も当然、同じヘアスタイルです。

どんなモノでもいつか解明される日が来る。
が、解明されるまでは、

何を考えようが自由

なのである。

世界にはばたけ、妄想の翼っっ!!

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