見送る星の元 ~ツバメの雛を保護したのだけれど~

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自宅で生き物を扱えば、当然その臨終に立ち会う事になるんだが、
私は基本外を歩いていても生き物の死に際に出くわす。

これについても理由はよく分からず、ただダンナは
「君はそうして‟見送る”星の元に生まれているんだろう」
と言う。

まぁ大体は死ぬ瞬間だが、稀にその少し手前の奴に出くわす事もある。

迷い雛を拾った話

迷走台風12号が名古屋を通過した翌日の夕方、
コンビニへ行く道すがら、後方で突然
「ビャ~~~~!!」
と盛大な声がした。

え?と振り返ってみるが、すぐには何か分からない。
数歩さがってよく見ると、マンションの角の植え込みの所に
鳥の雛がぽちりといるじゃないか。

珍しい事とはいえ、別にこれまでの人生で
雛が落ちているのを見た事がないわけではない。
が、奇妙な点をあげれば、周りにはまったく木も巣もなく、
雛が落ちている要素が見当たらないという事だ。

ん?と思って雛を見ると目が合った。
米粒サイズの目にも関わらず合えば「あっ」と思うのが不思議だ。

普通、動物って何でも大きなものを見ると逃げると思うんだけど、
目が合ったらヨチヨチとこちらへ寄ってきて、
植え込みの囲いの隅から「ビャ~~~!」と鳴くのである。

私は鳥は好きとは言え、そこまで詳しくない。
鳥の世話は子供の頃週末出入りしていた母の従妹宅で飼われていた
十姉妹とインコの世話しかした事がない。
あとは昔実家で飼ってた鶏か。

なんの雛だ、これ?

風貌としてツバメの雛に似てない事もない。
が、ツバメの雛ってもう全部巣立ちしてないっけ?

いずれにしろ、流石の私でもすぐには拾わない。

喜ぶべき事かは怪しいが、私はどうも一部の方々から、
「可哀想」の一言で何でもかんでも拾うような慈悲深き人間だと思われている。

が、勿論そんな事あるわけない。
そんな事していたら今頃我が家は多頭飼い崩壊現場になっている。

一応私の中にもガイドラインはあり、
この時点でそのガイドラインは超えてなかった。

そもそも法律で、基本野鳥の雛に手をつけてはいかんと決まっているのは
私だって知っている。
人様からアレコレ言われる以上には知っている。

※日本野鳥の会HP「雛を見つけた場合」
https://www.birdfan.net/about/faq/find_hina.html

だから、今までは見つけた場合は傍の茂みに隠したり、
巣から落ちたのなら巣に戻したりしていた。
(人が触って匂いがついた雛を親鳥が育てないというのは俗説。
大体の鳥はそこまで匂いに敏感ではない。鳥が優れてるのは視覚のほう)

が、最初の通り雛が落ちていた場所は何にもない。

それでも「親鳥傍にいるかなぁ?」と通り過ぎ、
気になって通りの向こうから様子を見るが、
私が通らなくても元々人通りも車通りも頻繁な所だ。
親鳥が飛んでくる気配なし。

これがもっと早い時刻なら長時間様子を見てもいいだろうが、
時刻は夕方。
風も強いし、天気はまだまだ不安定。
んで、雛のいる場所は雨風を全くしのげない。

そして平日であれば関係各所に連絡して・・・という道もあったかもしれない。
が、日曜の夕方である。
お向かいには馴染みの動物病院はあるが、既に閉まっている。
種類が分からないから試しにTwitterに流してみたがリプもない。

今保護しないと猫やカラスに攫われる前に確実に低体温か空腹で死ぬ。

実際、雛は最初に見た時より大分声も小さくなり、
吹き付ける風に飛ばされないように身を縮めるだけで精一杯になっていた。

こうなると私の中のガイドラインに引っかかる。
結局、私が定めたガイドラインは単純に言えば
「自力で助かる見込みが全くない」

手続きうんちゃらは後から考えよう。
御託も説教も後からどうでもなるが、
命がなくなったらそれはどうにもならんのだ。

雛の前に手を出すと、ヨロヨロしながら手に乗った。
私はそのまま雛を連れ帰り、一時保護という事で世話してみる事にした。

法は法。でも法=絶対的に正しい事ではない

拾ってしまってからリプで「ツバメの子ですよ」と入ってきた。
んで調べたら、ツバメってひと夏で2回とか子育てするんだな・・・。
私はてっきり1度だけだと思っていたよ(;・∀・)

それでこうゆう話にお約束なんだけど、
やっぱり中には「自然淘汰の!」とか「覚悟あってやってんですか!」
って言ってくる人はいた。
別に野鳥じゃなくて猫でもいるんだ、こうゆう事言う人。

まぁWeb・・・特にちょっとタイムラインで発言一つ見ただけでは、
その人が何をしている人なのか分からないので仕方がない。

だがな、明らかに面倒くさそうなモノを拾う人って、
大体そんなの初めから承知だよ。
拾った時点で覚悟なんて決まってるわ。

(勿論、一部馬鹿がいるのは否定しないが)

自分で飼うと決めたものは寿命が尽きるまで、
飼えない時は里親を探す。

うちは猫がメインだけど、今までずっとそうやって
‟引き受けたツケ”は払ってきているからな。
それが鳥に替わっても事は同じだ。
強いて言えば、最終着地点が‟野生に戻す”って所になるだけだ。

 

確かに法律で“野鳥に手をつけてはいけない”というのはある。
‟自然に人が手を出してはならない”この言い分も分かる。

が、人としてどうしても見捨てられないというのもある。

こうゆう時って、もう理屈じゃないんだよ。
転んだ老人に手を貸す時、一々「これは善行だから」とか
「この老人は良い人かな?」なんて考えないよ。

躊躇わずに走っていくヤツは
‟それをするのがその人にとって当然”
だから走っていくのさ。

私がこうゆう事をするのも、
私には無視をするより手を出すほうが日常なんだよ。
まぁ性分といえば性分だ。

 

こんなオカシナ事ばかり集めたブログだから書くが、
私が何かを助けようと手を伸ばした時、不可解なモノが見える事がある。

予感や諦めではなく、それがもう何をしても無理だという理由が、
象徴的にビジョンとして見えるんだ。

一番見て「あぁ・・・」と思ったのは、子猫の内臓が潰れているビジョンだった。
外傷はなくても、体の中が血塗れだったんだ。
そしてやっぱり子猫は助からなかった。

ただ、結果が‟見えたから” ‟分かったから”って
私は手を伸ばすのをやめたくはないのだ。

そんなモノのせいで、私は私の考えを曲げたくないし、曲げる気もない。
私は魂や精神を重んじるが、それに踊らされたり惑わされるのは別の話だ。

生きているうちは何が見えても最善を尽くすに決まってる。
私は怪異でも神でもなく、人間なんだからな。

どの道駄目なら尚更やれるだけやるんだよ。
「なるようになる」「天の采配」
それはね、自分の出来る事を全部した後から言う言葉だよ。

行動しない奴には言う権利は与えられないし、
見てみぬふりをするために使うんじゃねぇよ。
ましてやお神のせいにするなんざ、あまりにも失礼だ。

そんなに詭弁を言いたきゃ、一生詭弁踊りでも踊っていればいいよ。
そうしてずっと同じところをグルグル回っていればいい。

私は飽き性だから、そんな事するくらいならあがいてでも道筋変えるわ。

例え一日だけでも

拾ったのはいいとして、
そもそも翌日病院なんかに連れていくまで持つのか?って話だ。

ここで意外な才能を発揮したのがダンナ。
こいつ手乗り文鳥飼ってた事あるらしいんだ。
「もう20年も前だから」と言いつつ手つきは良い。
やっぱさ、命に馴染む手の人っていて、ダンナはそうゆう質なんだよ。

とりあえずツバメはドッグフードをふやかして
すり潰したものでもOK(緊急食)って事だったから、
保温しながら食わせて、とりあえず一晩持った。

で、翌朝。
改めて傍に巣がないか探しに出た。

一応、前日気付かなかった所に巣は見つけたが、
明らかに雛の年齢(生後日数)が違う。
拾った奴のほうがデカイ!!ここの巣じゃない!!

それに、ここから落ちたにしてはいた場所がおかしい。
植え込みは高さがあるから、飛べない雛じゃそもそも植え込みに乗れない。
ひょっとしたら誰かが下に落ちているのを上に乗せたのか?
でも、何処から落ちてきたのかが結局分からない。

朝から役所に電話して、
こちらとしても野鳥は飼えないのは知っているし、
放鳥するにしても素人じゃ状態見れないよって説明して、
傍の担当医を紹介してもらう。

Twitterではギャイっと言ってくる人がいた割に、
意外とお役所の担当者や獣医さんは親切。

特に獣医は「大体は、まず拾われる前に死ぬから珍しいね」という具合で診てくれて、
一応外傷などはなかったので、
「あ、面倒見てみる?」と聞いてきた。

そりゃ、拾ったものは見るよ。
今まで全部そうしてきたんだから。

「んじゃね、餌はこれでね」と、普通に説明をしてくれた。

「あれ?法手続きとかは?」と聞くと、
「今回のは保護だから法的には問題ないよ~、あとは面倒見るかだけ」
・・・だそうだ(;・∀・)

※「役所の人は傍の木に置いてこいって言ってたけど?」と聞いたら、
「や、それ幾らなんでも無茶ぶり」との事。まぁこの辺の温度差が現場と役所の違いあるある。

ただ、やっぱり雛は難しい。
一応、外傷はなくて昼の間は自分から餌ねだって食ってたんだけど、
夕方から元気なくなってきて、
試しに砂糖水をあげようと作って、あげるために見たらもう駄目だった。

一応獣医さんからは時期的に保温はいらないと言われていたので、
しばらく保温してなかったのがマズかったのかもしれない。
夕方前から改めて保温入れてはみたんだけどね。
(獣医といっても全部が得意分野じゃないから仕方ないよね)

これは人が野生に手を貸しても無駄という事ではなく、
単純に私が鳥の雛に対する知識と経験が不足していたからだ。

保護されてその後野生に戻ったツバメも他の野鳥もいる。
もしくは運よく保護後に専門家のいる施設に引き取ってもらえる場合もある。

それに雛は一日で私にかなり多くの情報を残した。
というか、これがきっかけになり明らかに鳥の情報が増えた。
・・・調べまくったからな。

この事はかなり大きい。
万が一また同じような状況になれば、その時は選択肢と結果が確実に変わる。

 

出来ないかもしれない事に手を伸ばして結果が出せないのは、
自己満足かもしれない。

が、自己満足上等だ。
自己満足と言われるのを恐れて何もしなかったら、
その次も更にその次も何も結果が変わらない。
選択肢もいつも「やらない」という一択だけだ。

確かに、こうゆう結果になれば私だって寂しいし悲しい。
関わればそうゆう時があるのは、いくら私が阿呆でも知っている。
でも、それで見ないふりをして翌日雛があの場で死んでいたら、
悲しいだけじゃなく、私は自己嫌悪までしなければならない。

それに比べたら、見送ることなど何でもない。
詭弁を並べ立て大人のフリをするくらいなら、
いくらでも最期に立ち会って、死ぬまで覚えているほうがマシだ。

そして此岸の岸辺から見送る

雛は、よくツバメたちが虫を捕っている公園にある植え込みの陰にそっと隠した。
雪柳がよく茂っていて、外から黒い体毛の雛は見えないが、
中からは空を舞うツバメが良く見えるはずだ。

拾った植え込みと違って虫も多い。
小さな体は程なくして土へ還っていくだろう。
体は確実にある食物連鎖の輪に入り、
魂はあるかは知らんが輪廻の輪に入る事になるんだ、多分な。

こんな調子でうちの獣に限らず、なにがしかの最期に立ち会っている。
今回は本当に‟まだマシ”のうちに入る。
中には、見つけた時に最期の一呼吸を吐き出しかけている奴もいるからな。

私が‟死”を招いているのか、
それとも‟死にゆくもの”が私を招くのか。

まぁとりあえず自宅の猫は今の所長寿率が高いし、後者なんだろう。
大体見つける時は、普段使わない道に何となく入った時だったり、
よく使う道でもいつもとは時間が違う時だから。

何もかもが必然というのは馬鹿馬鹿しいが、
同じように道を歩いていても周りが気付かない異変を察して、
思わず頭を向けてしまうのは、
やっぱりダンナが言う‟見送る星の元”っていう事なのかもしれない。

確かに和洋中・・・色んな占いで見てみても、私について回るのは
‟狭間”や‟境界”‟対極”そうゆうものばかりだ。
育った家も土地の境界だしな。

結局、私は生まれた時から彼岸と此岸を隔てる川のほとりに立っていて、
時折、川を渡る前に振り返ったものと目が合い、手を伸ばしているんだろう。
大体は手が届かず、ただ何度かに一度は手が届く。

これは非効率だろうか?
でも、最初から無理と決めて手を出さなければ、掴めるものも掴めないだろう?

可哀想とか、慈悲とかそんな御大層なもんじゃない。
目の前に紐があったら引っ張るようなもんだ。
最初は引く理由があったのかもしれないが、
長くやってるとパブロフの犬みたいになってくる。

他の人にとっての是非は関係ない。
まぁそうゆう性分なんだよ。

ネットの偉大さ

んで、今回の一件で改めてネットというのは凄いなぁと思った。

緊急の際、その場を離れずすぐに手元で調べられるというのは凄い事だ。
しかも実際に保護した人の飼育記録がブログとしてアップされているのが、
物凄く役立った。
調べると結構多いんだよな、ツバメとか雀保護した人。

まぁツバメや雀って基本人の傍で生活しているから、
雛でも成鳥でも放置出来ない所に落ちる場合が多いってのはあるだろう。

普通の神経してたら、玄関前でビチビチしている雛を
「自然の摂理に則り、なるようになる!!」
と言って跨いで通れないだろう・・・。
いや、実行したら、むしろお前の血は何色だ?って話だ。

多分、そうゆう方の所にも「自然が!」という批判はあったと思う。
でも消さずに残しておいてくれたお蔭で助かった命と励まされた人は多いと思う。

というか、
経験のある人ほど批判ではなくしっかりした情報をくれるんだと
改めて思った。

これはね、保護に限らず進路だったり、何か相談事の時もそうなんだよ。
んで、経験者でも失敗して再チャレンジしない人は批判する側に回る。
やり抜いた人は、応援する側に回る。
批判も模索も自分が通った道で、後から来る人にその苦労は負わせたくないし、
そこを省いて、更に先を目指して欲しいじゃん?
まぁ足引っ張るのは負け犬のする事だな。

 

Twitterでも真っ先に有力な情報をくれたのは、日頃やり取りのある方で、
飼犬が雛を見つけて守るように離れないから保護した事があるそうだ。

犬も優しいが、その犬を叱ったり無理に引き離さず、
気持ちを汲める飼い主さんだから犬もそうゆう犬になるんだなぁと思う。
(この方のTL、いつも優しいんだ)

DMでお礼は言わせて頂いたが、
やっぱり改めてお礼をさせて頂きたい。
情報の内容もさることながら、かけて頂いた言葉が本当に励みになりました。
ありがとうございます。

 

人が何処まで自然に介入するかは難しい話だ。
ハッキリ言って、その境界はかなりあやふやでケースバイケース。

大体同じ生物でも、野生は駄目でペットとして繁殖させたものはOKって
話も何処かおかしいし、
雛でも絶滅が危惧される鳥の雛は保護対象だしな。

実は小学校低学年くらいから、
こうゆう問題について事あるごとに考えているんだが、
いまだに明確な答えは出ない。
そもそも答えのない問いだから仕方がない。

だからと言って、適当な理由をつけ考える事を放棄する気はない。
大人げないと言われてもやめる気がない。

 

名前はつけないつもりだったが、なんとなく‟チーパー”と呼んでいた雛。
また次もツバメになるのかは分からんが、
またツバメだったら次こそは成鳥になって夏の空を飛んで欲しいな。

あ、う~ん、また万が一途中で川渡りそうになったらさ、
こっち見てデカイ声で鳴けよ。
私阿保だから、何回でも手を出すからさ。
バッチリ掴めよ。

今度は此岸と彼岸の川じゃなく、海を渡らせてやるからな。

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