死者の婚礼 むかさり絵馬

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東北地方には「むかさり絵馬」という風習がある。

いや、私もテレビで見ただけで、原画を見た事はない。
ただ、それが妙に頭に残って、
ある時、そのむかさり絵馬を描いてみた事がある。

死者の婚礼「むかさり絵馬」

「むかさり絵馬」が何か?だが、これは東北は山形の一部の地域の習慣らしい。
事故や病気、様々な理由で未婚のまま死んだ者を供養するため、
絵を使って架空の結婚式のするというものだそうだ。

もちろん、中部地区でこれを知っている人は少ない。
私はたまたま読んでいた本にその名が登場していたので知っていて、
更にたまたまテレビでその絵を描く職人(お婆ちゃん)を見たくらいだ。

「未婚で亡くなった者」という事で、
それを依頼するのは大体その家族・・・親であり、
供養されるのはその子供である場合が多い。

そんな訳で、普通に考えたら子供がいない私には、
とんと縁のない話なんだが、
私には未婚で亡くなった身内というのが2人いて、
そのうちの1人は、母方の従妹で名前をK子ちゃんという。

私とK子ちゃんは4つほど年が違うのだが、
母方は私らの年代は男ばっかりで、
女は私と彼女しかいなかった。

そんな訳で非常に小さな頃から親しくはしていたのだ。
そう、あの日までは。

K子ちゃんの事故

私が中2の午後から雨の降り出した日だった。
その日は何故か朝からK子ちゃんの事を考えていた。

K子ちゃんは、実家から車で2時間もかかる場所に住んでいて、
会うのは盆暮れ正月、それから叔母が遊びに来た時なんだが、
何故だか、その日は頭から離れんでな。

この頃はそんな事つゆほどにも思ってなかったが、
あれから四半世紀も経てば、それが予兆だったと分かる。

夕方、母が青い顔で「K子ちゃんが事故にあって」と私に言った。
何でも遊びに出た帰りで、
K子ちゃんは雨が降ってきたので慌てて帰ろうとして、
車に跳ねられたそうだ。

その時はもうそれ以上はなく「良くなったらお見舞いに行こうか」
という話で終了したと思う。

それから一週間くらいして、やっぱり母が
「K子ちゃんのお見舞いに行こうか」
と言う。
その日は学校もあったのに、学校を休んでもいいという。

そうして車で2時間走り、彼女の自宅からほど近い大きな病院にやってきた。
母に連れられて病室に入ったのだが・・・・
そこにK子ちゃんはいなかった。

いや、物理的にはいたのだ。
機械に繋がれたK子ちゃんが。

打ったのは頭だけだったそうで、頭に包帯は巻かれているが
五体満足で、ベッドに横たわっていた。

が、口には出さなかったが、分かってしまった。

‟中身がない”

非常に嫌な言い方だが、彼女は生きながらにして既に死んでいたのである。

この時の状態を今だったらきっと「脳死状態」と言っただろうが、
当時はまだそんな言葉もなかった気がする。
臓器移植うんぬんは、医学界の偉い人はとっくに研究に入っていただろうが、
一般人にはSFの世界の話だったからね。
(小学生の頃、頭部移植が題材の「生きている首」という小説を阿保ほど読んだ)

誤解のないように言っておくが、これが全ての脳死患者の話だとは思わないで欲しい。
あくまでこの時のK子ちゃんを私が見て受けた印象の話だ。
他の人、他のケースはどうか知らん。
(そうそう周りで死者が出てたまるか)

とにかく親曰く、事故にあって損傷したのは頭部だけだそうで、
実際、顔にもそんなに目立った傷はなく、
違いは周りに見慣れないチューブなどがついているだけのはずだった。

だが、私にはそれがどうしてもK子ちゃんに見えないのだ。

落ち着いて、頭で考えてみればK子ちゃんなんだ。
可愛らしい鼻や口元とか、薄い眉毛とか、
間違いなくK子ちゃんなんだ。

が、全体をもっと感覚的な部分で見ると
「お前は誰だ?」という感じになってしまう。

なんとも言えないモヤっとした気分で病室を出た。

その後、彼女の親である叔母夫婦がやってきて、
何やら母とも話していた。

そして
「今K子ちゃんは機械の力で呼吸しているんだけれど、
これ以上の回復は見込めないんだって。
ほら、〇叔母ちゃん看護師じゃない?
それでね、もう機械外すことにしたんだって」
と、母が私に説明した。

生命維持装置を外すのは、そのまま完全なる死になるくらいは
馬鹿な私でもすぐに分かったし、
それは悲しい事ではあったが、
反論する気にはならなかった。

そうして、K子ちゃんは医学的にも完全に死んでしまったのである。

火葬・葬儀に混じる死者

それから数日後、私はK子ちゃんの火葬と葬儀に出ていた。

うちの実家の方では、火葬が先でその後葬儀だ。
最後に見たK子ちゃんはウィッグをつけられ、
可愛い服も着せてもらって棺に収まっていた。

彼女は私とは違い、とても可愛らしい容姿の子だったから、
その姿はまるでお人形のようだった。
皆は「眠っているみたい」と泣きながら言っていたが、
その中で私一人だけが妙な違和感を抱えていた。

・・・・これ、誰だっけ?

相変わらず頭ではK子ちゃんと認識できるが、もう一つの感覚が認識しない。

それを誰にも言えないまま、棺は炉の中へ消えて行った。

そうして待つ間、私はふと自分の中のもう一つの感覚が
ぴくっと動くのを感じた。

小さい気配がする。

ハッキリと姿が見えるわけではない。
が、明らかに何かいる。
そしてその気配には非常に覚えがある。

あ、K子ちゃんだ。

私の中で足りないと思っていた、K子ちゃんのK子ちゃんとしてのパーツ。
その見えないパーツが・・・ウロウロと歩き回っている。

母である叔母、父である叔父、
兄、弟、祖父母、
自分のための祭壇、
そういった人々の周りを消えそうな気配が歩いているのだ。

今でこそ、これは特に珍しい事ではないと思うが、
流石に当時はびっくりした。
正直、自分の頭がおかしいのかと思った。

しかも「なんで私は燃やされているんだ?」って思っているのが分かる。

当然、私の前にも来て、そのように聞いているのが分かる。

「Kちゃん、君は車に跳ねられて死んじゃったんだよ」

目の前にいるらしい幼い従妹にそのように言うと、
それでも分からないらしくキョトンとしている。
見えないがそのような表情をしているのが分かる。

これについて一番近い感覚としては、飼い犬の顔を見ると
特別なしぐさなどなくても、何を考えているか何となく分かる
あの感覚に非常に似ている。

そして死の自覚のないものに死を告げるのは、
余命宣告をするのに似ている気がしないでもない。

そしてある意味、これが‟K子ちゃん本人との別れ”であった。

その後続く葬儀で、長い葬列の間に時折K子ちゃんの気配を感じたが、
彼女が私に話しかけてくる事はなかった。

 

非常に長い前振りだが、ここまでが「むさかり絵馬」にまつわる序章である。
少し余談として語ると、
この「遺体が本人に見えない」という現象は、この後幾度となく発生している。

猫3匹を送り出した時も、死の直後はまだ分かる。
が、そこから5分も経つと「あれ?」と思うのだ。
そして「あぁこれ」と思う見えない気配だけが、周りを歩き回っている。

あげくの果ては自分の親父で、
私は親父の死から半日遅れで実家についたのだが、
安置された親父の顔を見て親父と認識出来なかった。
(で、本人は捨てられた子犬のような顔でおかんの後ろをついて回っていると)

これも視点をずらすというか、頭のスイッチを切り替えると
「あぁこれはコイツだ」と思うんだが、
全体像で見るとパーツの欠けた福笑いでも見ているような気がする。

これについて、ダンナやジジイは
「日頃から知らない間に見えない部分にウェイトを置いて他者認識しているのが原因」
と推測しているが、
自分では頭の配線がどこかおかしいと思っている。

人にこの説明をする時、行灯や提灯に例えるが、
他者には、火が入っていてもいなくても、行灯は行灯である。
私には、火の入ったものしか行灯と認識出来ない。
そうゆう違いで、私が日頃重視しているのは行灯の中の火なのだ。
別に自分で意識してそうしている訳じゃないけどな。

 

さて、ここから話は15年後になるんだが、
冒頭で説明した死者の婚礼「むかさり絵馬」
これをどうゆう訳か・・・・私が描く事にしたのだ。

※「むかさり絵馬」後編はコチラから。

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