神託は和歌のようなものである

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神社関係の事を調べると
一緒にその手の
スピリチュアルな商売のブログなんかも
ぽろぽろと出てくる。

で、いつも疑問に思うのが
「神様の声をお伝えします」
っていうワードだ。

神の声、言い換えれば
ご神託って
結局なんなんだろうね?

誰でもご神託は欲しい・・・だって人間だもの

いつの世も人は
「神託」「託宣」「お告げ」
を結構アテにしている。

確かにどうしようか迷った時、
「これだぁぁぁ~!!」
と決めてもらえたり、
分からない時に答えが頭上から降ってきたら
非常に便利なものだ。

だから人は神社に行くと
なんとなく‟おみくじ”を引いてしまう。

誰もが大吉だの中吉だのの部分を見て
一喜一憂する
何処となくギャンブル感漂う‟おみくじ”

だがあれは、いわば簡易版ご神託なのだ。

困ったらとりあえずおみくじ引け

他の人はどうか知らんが、
うちのダンナなんかは
「答えに困ったら拝殿でよくお願いしてから
おみくじを引いてごらん」
という。

勿論、この場合のお願いというのは
「願い事」の事ではない。
自分が聞いてみたい事を
おみくじでお答えいただくように
声をかけるって事だ。

で、いざ引いたら、
見るのは大吉とかそうゆう所じゃない。

おみくじには、大吉・中吉という言葉と
細かい区分(待ち人とか学業とか)が
書かれているのが通常だが、
それと共に和歌が書かれている。
重要なのはその部分。

そこには、良くも悪くも
何故かその時に必要な事が
読まれているのである。

これは昔の歌占(うたうら)という習慣から来ている。
なんでも昔の巫女さんというのは、
頂いた神託を和歌にしていたそうだ。

一体何種類あるのかは知らないが、
和歌の内容は例え同じ「大吉」でも違っている。

私も引いたおみくじの全和歌を
記憶しているわけではないが、
カブった事はあまりない気がする。

「そんな子供だまし!」と
思うかもしれないが、
ある部分一番公平なやり方だ。

以前、某狐御殿に高い酒を奉納し
その後におみくじを引いたら「凶」で、
それについて
「あんなに高い酒奉納したのに」
と、物凄く文句を垂れている人が
いたんだが・・・・
それこそ、この公平性のいい例とも言える。

例え賽銭箱に大金をツッコもうが、
高い酒を奉納しようが、
神は買収出来ない。

ただ、思った事だけを
剛速球でぶん投げてくる。
例えそれがデッドボールであってもだ。

神は商売人のようにリピーターを望まないし、
人のご機嫌取りもしない。

人と人が対峙する時、
その間には、どうしても利害が産まれる。
誰だって必要以上に恨まれたくはなく、
できれば得をしたい。

そうすればねじ曲がったボカシや
必要以上の脅し、
おべんちゃらが入ってきてしまう。

だから、おみくじを引くのが
一番公平なのである。

言葉が関わる怪異譚

しかし、ここで終わらせてしまっては
話が面白くない。

これをご神託と呼んでいいのかはさておき、
長い事怪異と関わっていると
確かに自分が知るはずもない事、
思ってもいない事が
パッとひらめく事は多々ある。

こうゆうのは何パターンかあるんだが、
今回は、

‟勝手に口から出る”
‟頭に単語が浮かぶ”

の2パターンについて
説明しようと思う。

勝手に口から出るパターン

まず前者は、私の場合、
第三者が私に何かを問うている場合に
発生している事が殆どだ。

これで当たった事は多々あるが
一番、奇怪なのは身内の余命だろう。

まずは母方の祖母の余命を問われて
「夏までは持つ。だが盆は越せない」

次が親父が危篤になった時で
「一月は持たせる」

その次が父方祖母で
「春までは持つ。そこから先は難しい」

今考えても親父の時はともかく、
祖母二人について一体何の根拠があって
そんな答えが出たのかサッパリ分からない。

特に父方祖母に関しては、
その時認知で入院こそしていたが
特に癌など余命宣告されるような病気はなかった。

ただ、親父が亡くなる前年に母方祖母が亡くなって
葬儀が2年続きになっていたので、
不安に思った母が
「まさか、この調子で祖母さんまで亡くならないわよね?」
とポロリと口にした事への回答がこれである。

悪い事に、これらはピッタリ当たってしまい、
今も親戚中で語り草になっている。

コレについて、
私は自分で予知したとは思っていない。

これを言ったのは、
ほぼ間違いなく家の裏の山神さんだ。

その山神さんが日頃熱心に
自分を拝んでくれる母のために
私の口を使ったのだと思っている。

そしてこの程度の事は才能でも何でもない。
少し怪異に対する感受性があれば
誰の身にも起こりうることだ。

言葉が頭に浮かぶパターン

続いて、勝手に頭に言葉が浮かぶパターンだ。

これは‟視えているモノ”についても同様だが、
私はこれが耳で聞いているものではないのを
自覚している。
もちろん、他者に聞こえないのも知っている。

だから幻覚・幻聴・空耳とは違うと思う。

これは映像などは全くなく
面白いくらい言葉しか浮かばない。
しかし文字で浮かぶわけではない。

よく、妙に耳に残るフレーズの音楽を聴くと
しばらくそれが脳内で無限ループして
自分でも止められない事があると思う。
あれに近いといえば近い。

つまり音声になるのだが、
どんな声かについてはマチマチだ。

性別が分からない声もあれば、
中にはダンナにそっくりな場合もある。

そして無限ループする言葉は
非常に明瞭で極端に短い。

つまり言葉というより
‟単語”
それが延々と繰り返される。

この無限ループを止める方法だが、
それは、聞こえた言葉を
私が声に出して復唱する事だ。

不思議とコレをするとピタリと止まる。
そして口に出すとその意味がわかる。

 

「だったら早く言えばいいじゃん」
って単純に思うだろう?

でもな、こうゆう怪異の発する言葉というのは
いつも必ず良いものとは限らんのだ。

昔話でもあるだろう?
「何かに呼ばれた気がしても、
うかつに返事をしてはならぬ」

この世ならざる者の声が、
必ず神やそれに連なるモノの声とは
限らない。

仮にそれが「自分は神だ」と名乗っても
それを確認するのは非常に難しい。

怪異の声に答えるというのは、
実はとても恐ろしい事だ。

他の人はどうか知らんが、
少なくとも私にとっては
‟復唱して意味がわかる”というのは、
‟何をすべきか了承し、実行する”
と約束したと同じ意味なのだ。

だから、何か聞こえてしまっても
簡単には答えない。
例えそれが神であってもだ。

聞こえ始めてしまっても
大概2~3日
様子を見ながら放置する。

内容をよく吟味し、大丈夫そうなら
復唱を持って答える。

その用心のお蔭か、
幸い、今の所それで困った事はない。
だが、恐らく私は今後も
この戒めを破る事はないだろう。

ちなみに前者も後者も
喋っている奴は私に縁のあるものだ。

ごく稀に例外もあるが、
それはまたこの2つの話とは別である。

神託とは結局「和歌」のようなものである

私は、結構他人の
「怪異がこんな風に視えている」
というのを聞くのが好きだ。

まぁ大体の人は何故か答えてくれないんだが、
ダンナ達は聞いて分かる事なら答えてくれる。

以前、ダンナに
「ご神託というのはどう聞こえるんだ?」
と問うた所、
ダンナにも幾つかバージョンがあるらしいが、
‟聞く”というより‟視る”タイプらしい。
ジジイも似たような塩梅だった。

ただ、二人が共通して言うのは
「神さんって、意外と喋らないんだよね」

どうゆう事かというと、
‟それでよし”の時しか返事をしないんだそうだ。

私「え、駄目なら駄目って言わないの?」
ダ「駄目だと返事すらしない」

良い時は‟是(す)”
もしくは、小さく頷いて答えてくれるそうだ。
理由は知らないが、
何故か‟首を横に振る”というのはしないらしい。
だから駄目な時は、ひたすら無視なわけだ。

横に振らないというと、
天皇一家の手の振り方
連想しちゃうけれどね。

※昔、皇室マニアの友人に聞いたのだが、
あれは横というより前後に揺らしているそうな。

ただ、この一動作で
彼らには多くの事が分かるらしい。
その理屈は私にも分かる。

確かに‟あぁゆう時”は
情報が一気に落ちてくるから
それで十分なのだろう。

 

ここまでの話で共通するのは
とにかく
言う事が短い”
という部分かと思う。

私の経験で言えば、
単語だと平仮名にしても精々10文字。
口を使って喋るやつも、
今回出したあの文言よりも長い事はまずない。

物凄く簡潔。
ただし、実際それが4文字だとしても
4文字以上の意味が圧縮されて詰まっている。

実際の文字数以上の意味が込められる。
そうゆう意味において、
怪異からの情報というもは
和歌に似ている。

和歌というのは、短歌であれば
‟五七、五七、七”の全31文字の中に
実に様々な情報が詰められている。

季節、情景、心情・・・
それらが圧縮されてていて、
読み上げ意味を理解していた時
解放され脳内に広がる。

それをさせることが出来るのが名句だし、
また受け取り手も、
それを受け取るだけの技量が必要だ。

が、世の中、全ての人にその技量がない。

そこで需要が出てくるのが
あの長たらしい現代語訳とか
解説になる。

 

で、冒頭の冒頭の
「神様のお声をお伝えします」
に戻る(笑)

普通に考えたら10分もあれば終わりそうな話だが、
大体、あぁゆうの見ると
‟60分コース・・・・〇〇〇〇縁”
とか、書いてあるんだよね。
(ほぼ8割が‟円”じゃなく‟縁”なんだよな)

まぁ人によって受け取り方は違うから、
そうゆう人には物凄く長く
お話下さるのかもしれない。

でも、そうでなかったら
60分間、あの和歌的に圧縮された言葉の
超解説をするのだろうか?

確かに、ダンナもジジイも
頼めば色々解説してくれるが、
こいつらも基本は「いい」「だめ」しかない。

特に私に言う時は、客相手じゃないから
ツッコんで聞かないと即終了する。

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やっぱ俺、

困ったらおみくじ引きに行くわ!!(爆)

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