コタローさんという狐 ~京都・名古屋・高山を駆けるお遣い子狐物語~

うちのダンナが怪異について語る時、
こう言っちゃなんだが、
怖さもありがたみもない。

けして話下手ではないし、説明も下手ではない。
ボキャブラリーが少ないわけでもない。
が、“物語る”というのが下手なのだ。

何しろ某神社に以前あったという
アメノウズメノミコトの絵の説明をさせたら
「昔のは、もっとチチ放り出した格好で・・・」
という調子なのだから。
せめて「胸をはだけたしどけない姿で」くらい言え。

今夜は、そんなダンナの嘘や誇張がないゆえに、
ありがたみに欠ける話を
ありがたみがないままにダラダラ書きたい。

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天狗舞踏

「結局、まぶた閉じても自分のまぶたの裏見てるだけですからね~」
と口にすると、大概の人に「はぁ?」という顔をされる。

「まぶたを閉じる」という行為は、
別に‟=目の機能をoffにする”というものではない。
単純に外界からの視覚情報が遮断されるだけである。

そんな閉じたまぶたの裏に出来上がる個人シアターには、
たまに面白いものが映り込む。

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まぶたの彼岸 

昔から猫が主役の怪談奇談が非常に多い。

化け猫、猫又、招き猫、
魔女の下僕になってサバトの宴で踊っていたり、
そうかと思えば、女神の車を引く。
さらに、国によっては猫顔の神までいる始末。

どうして猫には不思議な話が付きまとうのだろう。
どうして猫には不思議な話が良く似合うのだろう。

猫というのは、生きていても死んでいても
怪しく美しい生き物である。

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犬の恩返しは死ぬまで ~めぐる縁~

通常であれば、幽霊の類は‟たまたま”でなければ見えない私が、
何故か、生前長くご近所付き合いをしていた
ラブラドルレトリバーの‟彼女”
行く先々で目撃する事になった。

※そのあらましはこちらから「犬の恩返しは死ぬまで」

そして、その姿は「幽霊」と呼ぶのがためらわれるほど、
いつもこの上なく幸せそうだった。

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犬の恩返しは死ぬまで

「犬の恩返しは死ぬまで、猫の恩返しは死んでから」

一体何の根拠があるのか知らんが、
うちのダンナはよくこの言葉を口にする。

以前、この死んでからの猫の恩返し的な話を書いたが、
結局、犬はどうなのだろう?

今日はそんな犬が死んでからの物語。

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Twitter発!琵琶湖一周マスツーリング ~湖北・湖西編~

「近所でマスツー出来るバイク仲間がいない!!」

という事で、とうとう関西まで遠征する事にした
三度の飯よりバイクを愛する
アラフォーバイクBBA。

え?
「待ち合わせ場所までが既にツーリングになってるだろう」
だと?
そうだよ、遠征マスツーのいい所は、
ソロとマスの両方が楽しめる一粒で二度美味しい所だ。

仲間がいないと不平を漏らす暇があれば、走って探しに行けばいい。
そのためにバイクは存在するのだ・・・・多分。

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龍と絵描きの午睡をかけた仁義なき戦い

世間一般の怪談じみた話というのは、
聞いてぞっとする所に需要があると思う。
特に夏場は、その‟ぞぞっ”っというのに価値が生まれる。

そしてスピリチュアルなお話というのは、
何処か神々しく、キラキラしていて、
何処となく高尚そうな所に価値がある。

が、私の身に降りかかる事は、
確かに不可解ではあるが、
どうにもそのどちらにもハマらない。

これは一体いつどこで誰に需要があるのだろうか?

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