猫は尻尾に星を隠している ~猫の火葬について~

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前回までのあらすじ

闘病の末に他界した巨猫のために、
死後、飼い主の最期の務めを果たすべく
奮闘する下僕・柴猫。

本当ならば悲嘆にくれる所なんだが、
まぁそこは・・・
やらんとあかんなら
楽しんだもの勝ち
だと思っている人間なので・・・
結局楽しくなっちゃうんだなぁ。

火葬 ~その美しい骨が見たい~

我が家は住宅事情の関係で、
いつも火葬→家に骨壺キープである。

これまで火葬は、ペット供養の寺に頼んでいたのだが
‟目の前で重さを量られる”
という微妙な対応が嫌なのと、
今回どうしても‟アレ”をしてみたい。

猫のスケジュール調整能力

その週のスケジュールは、
巨猫の死去の翌日を逃すと
オフまで3日日延べしなければならなかった。

そうゆう場合、私は日延べせず
潔く翌日に焼く。

これを冷たく感じる人もいるかもしれないが、
単純に葬送儀式の慣習の差だと思う。

思い切り余談になるが、うちの田舎は火葬が早い。
「前火葬」「骨葬」という種類の
‟祭壇にお骨を供えて葬儀をする”
葬儀方法が当たり前の土地柄である。

※逆に告別式の後に火葬するものを「後火葬」と言う。
母にこの話をしたら「え!葬式の時に生仏(なまぼとけ)いるの!?」
と驚いていた。
(生仏って言葉自体、他所じゃ聞かねぇよ)

国内でもこのような慣習の違いは往々にしてある。

それが根底にあるからか、
名残惜しさより
「はよ焼いてやらなあかんなぁ」
と毎度思ってしまうのだ。

そんな飼主の気持ちを知ってか知らずか
うちの猫達は私のスケジュールを考慮して旅立つ。

なんでだか、絶対に当日夕方~翌日には
荼毘にふせるタイミングで
息を引き取る。

特に今回は‟アレ”のために
確実に立ち合い火葬をしたかった。

私がやってみたい事、それは
骨上げ!!

巨猫は骨格から美しい猫で、
彼が生きている間、よく頭を撫でまわしながら
「立派な骨だなぁぁ~」
とのたまっていた。

その美しい骨を是非見たい!!
私の手で拾い上げたい!!

今まで使っていた寺は、
確か長老の時までは個別火葬の骨返却は可能だったが、
骨上げが出来なかった。

今回調べるとメニューに骨上げまで出来るものが
増えていたが、そうすると1万円ほど違う。

「愛する猫のため、金に糸目を付けぬ!!」
と言いたい所だが、ここまでくるのに
正直、結構な額を治療や飯代にぶっこんでいたので
私の財布のライフはレッドゾーンである。

オマケに、巨猫が入院した時の入院費の計算が間に合わず、
この時点で一体おいくら万円か分からない状態である。

もはや、状況として
気持ちうんぬんではない。
物理的問題だ。

そこで良心的な価格で骨上げまでさせてくれる
業者さんを探したら・・・あった
しかも激近に。

更に問い合わせをしたら、
翌日はまだ1枠だけ空いているという。

そんなわけで、名古屋市某所の
その業者に29日の10時に訪問する。

一見、ペット葬儀社に見えない外観の入口から入ると
感じの良さそうな男性(多分社長)が
出迎えてくれ、祭壇に巨猫を安置してくれた。

ここでは、お経をあげたりはしないが
お別れの時間を設けてくれる。
(お経は自分であげたから無問題)

それが済むと、その後は炉に移動する。
皆で合掌をし、炉の蓋が閉じられる。

その間、最初に安置した部屋で待つ。
猫の場合は50分ほどと言われ、
今までの事やこれからの事を考えながら過ごす。
その間、先ほどの男性が何度も炉の中を確認してくれた。

火葬というと、単に火で焼けばいいと思われがちだが、
中々技術を要する仕事である。

火力が弱ければ焼け残るし、
強すぎたら骨も残らない。
個体差もあるから、
何度も覗かないといけないのだろう。

葬送に関わる仕事をする人を
「人の不幸で飯を食う」
という人もいるが、
世の中の仕事というのは大体がそんなものだ。
ただ、直接不幸と繋がってないかに見えているだけだ。

猫は尻尾に星を持っている

50分後、
炉の蓋が開けられ
そこには骨になった巨猫がいた。

あれだけデカい猫がこんなに小さく・・・
と言いたい所だが、
デカい猫は骨になってもやはりデカい。

むぅ、なんか親父の時の事を思い出すなぁ。
最期はかなり痩せていたが、
焼けて残った骨はしっかりとしていて
「あぁやっぱり親父の骨だなぁ」と
思ったもんだ。

動物も下半身から拾っていくのだが、
太い背骨や大腿骨に混じって
小さな欠片がある。

・・・星の形をしている。

猫の尾椎(尻尾の骨)の断面は
綺麗な六角星の形をしている。

猫の尾椎の数は尻尾の長さによりマチマチだが、
巨猫は長い尻尾をしていたから、
多分10~20個はあるだろう。

その星が他の骨の間に
パラパラと散っているのである。

話には聞いていたが、
本当にここまで星とは思わなかった。

小さな星の骨に囲まれた巨猫の姿は
まるで夜空の星座のようであった。

今目の前にある骨を
私は10年以上触っていたんだなぁ。

大きな大きな巨猫の骨を
骨壺に入れていく。

普通ならしんみりしてしまう場面だろうが
巨猫もやはり我が家の猫、
確実にネタをねじ込んでくる。

骨壺に骨を入れていくのはいいんだが・・・

骨壺キュンキュンなんだけど!!(爆)

長いモノや大きいものは折って入れていくのだが、
それでも山盛で特盛なのである。
なんだ、このメガサイズ骨壺丼はっっ!!

私「これ、蓋しまりますかね?」
男「蓋がドーム型なのでなんとか・・・」

男性と二人で骨を割りながら入れていく。
ちなみに骨壺はサイズアップも出来るそうだが、
そうすると今度はスカスカになってしまい
ちょっとの衝撃で骨が動いて中で割れるそうである。

猫、箱にキュンキュンに詰まるの好きだし
スカスカよりキュンキュンのほうがええやろ。(←え)

余談:骨はどれくらい拾うのか?

骨上げの方法だが、
最近は「全収骨」「部分収骨」「パウダー加工」
の3種類があるそうだ。

まず「全収骨」は全ての骨を拾って骨壺に収める事。
我が家はいつもこれを希望する。

次に「部分収骨」は一部の骨だけを拾い集めて収める事。
人間でも地域によっては部分収骨が多い場所もあるそうだ。

最後の「パウダー」は、骨を粉砕してパウダー状にし、
カサを減らす加工である。
パウダーになった骨をペンダントトップに入れたり、
また散骨する予定のある人は
この選択をする事が多いんだとか。

お骨の安置場所

親切なスタッフさんに見送られ、
葬儀社を後にする。

行きと帰りでは、
助手席に座る巨猫の姿は違うはずなのに
思ったほど違和感がない。

生きていても死んでいても、
毛皮がついていても骨だけでも
結局、私にとって巨猫は巨猫なのだ。

我が家での遺骨の安置は、
棚の一角のと決めている。

歴代の猫の骨や亡くなった友人の写真、
そうゆうものをまとめておいてあるスペースだ。
我が家では「仏ゾーン」と呼んでいる。

帰宅後、そこには置かず、
しばらくはいつもいたベッドへ置いておくことにした。

するとすぐに柴子がやってきて座る。

柴子が出た後は、二代目がやってきて
しばらく臭いを嗅いでいたが、結局そこでくつろぐようになった。

ちなみに、我が家で猫が他界した場合、
しばらくの間、いない筈の本人の気配がしたり、
闊歩する本人を見かけるという珍事が起きるのだが
今回もやはり起きている。

そしてこのベッドの上から巨猫の気配がする時、
ここが大好きなはずの柴子も二代目も
ベッドには乗らず、脇で寝ているのである。

本当、これも何処まで信じるかだが、
私はとりあえず49日までは
水を切らさず、骨壺もここに置こうと思っている。
(ご飯は柴子が食べてしまうので置けないので、
初七日などの時、小分け袋で置いている)

それ以降だが、私は自分で気に入った場所を
見つけるまでは、
ずっと骨は持っているつもりだ。

こうゆうものを傍に置いておくと運気が・・・とか
のたまうすぴりちゅあるな人もいるが、
私はそんなの糞くらえと思っている。

私の運の強さは骨如きでは揺るがん!
と思っているし、
骨を持っていると不幸になるというのなら、
私はその不幸ごとアイツらの生きていた証を
背負って生きたい。

生きていても死んでいても
私は飼主だからなぁ。

初七日~三七日をすぎて

ひとまず巨猫がアチラに居を移してから
初七日~三七日がすぎた。

二代目も柴子も相変わらずであるが、
特に二代目は、
あのベッドが大変お気に入りらしい。

ベッドにかけられたブランケットには、
まだ巨猫の臭いが残っている。
そこに頭を突っ込むようにして寝ているのだ。

私は悲しくないと言えば嘘になるが、
それでも納得はしている。

元々通っていた病院では、
年末までしか持たないと
言われた命だった。

本当にアイツはよくやった。
よく生きた。
むしろ、それしか言う事なんてないだろう。

相手が人でも獣でも
死者に向けて手向ける言葉は
「お疲れ様でした」
それ以外になんもねぇ。

こうして、あの巨大な猫は
数々の爆笑エピソードと
巨大な骨を残し
彼岸の住人となった。

だが、まぁ・・・・
多分、もうしばらくの間は
我が家にいるんだろうなぁ。

今日も誰もいないはずのベッドの上に
巨大な何かが座る気配がする・・・・。

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