幻想桜譚 ~開花にもプレは付き物~

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あれよあれよという間に1月が過ぎ、立春も過ぎた。

七十二候も次に巡ってくるのは
「魚上氷(うおこおりをいずる)」

日常でも冷たい風の中に、
一筋の春の匂いが混じる。

この国で春の代表的な花と言えば「桜」だ。
梅・桃ももちろんいいが、やはり桜が一番いい。

今日はそんな春と花の不思議な話だ。

立春と桜

それがいつから見えるようになったのかは、
イマイチハッキリわからない。

分からないが、毎年立春を過ぎた頃から
桜の木に‟不思議なモノ”を見ることがある。

それは一言で言えば‟花”なんだが、
当然の事ながら中部地区の桜の開花は3月中旬以降。

私が見ているのは‟幻の花”である。

毎年、道を歩いていてふと桜の木を見ると
あたかも満開の花が咲いているように
真っ白なものが枝の周りに見える。

で、
「え?もう咲いたの?」と近寄ると
当然ながら咲いてねぇ。
蕾すらついてねぇ。

始めは日光の加減でそう見えるのだと思っていたが、
見える時は夜でも見えるし、
同じような気象条件や時間、
場所であっても見えない時は見えない。
どうやら怪異の一種らしい。

分かりやすく「花が咲いているように」とは書いたが、
もう少し正しく言うと
昼は‟花霞”のようにに見え、
夜は‟花明かり”のように見える。

なんというか枝の周りが白く発光して見えて、
それが花が咲いたように見えているのだ。

私はこれを勝手に
‟エクトプラズム的プレ開花”
と呼んでいる。
※今風に横文字を多用して命名してみた(`・ω・´)ノ

なんだそりゃ?って名前だが、
毎年コレを見る度に
開花に向けて枝先に集まった
木の生命エネルギー的なものが
漏れ出て見えるのかと思うからだ。

もしくは
「木のイメージトレーニング」
を見ているのかなぁと
ボンヤリ思ったりしている。

春に咲く花、花をつける樹木は
桜に限らない。

しかし、何故かこのように見えるのは
今の所「桜」だけだ。

桜と境界人

冒頭の通り、いつからそうなっているのかは
分からない。

ただ20代の頃はそんなモノを見た記憶がないので、
30を過ぎてからだとは思う。

まぁこうゆう不思議なモノとかち合うチャンネルは
時折変わるらしいし、
実際そうゆう経験をしてきているので、
その辺りからチャンネルの切り替えが起き、
見えるようになったのだろう。

そして桜の木に見えるものは、
別にこの‟プレ開花”だけというわけでもない。

前回話をしたが、
私は一人桜の木に住まうとても美しい怪異を知っている。

まぁその人も別に最初から見えた訳ではないので、
その人のせいなのかとも思ったりする。

しかし、何で桜だけなんかね?
よりにもよって桜かね?

今でこそ桜は好きだし、
確かに昔から好きなんだが、
実は、子供の頃は
桜の木を何処となく恐ろしい
と思う所があった。

別に何か理由があるわけではない。
ただ漠然と恐ろしいと思う。

でも、それと同じくらい桜が好きだった。

この愛着と恐怖が拮抗する感情が、
畏怖
だと知ったのは
かなり大人になってからだ。

畏怖と桜

この‟プレ開花”について、
ジジイやダンナに聞いてみた事がある。

「いやぁ、俺らには見えんなぁ。
だが、だからと言って幻覚や気のせいとも片付けられん」

との事だ。

結局、一口に怪異と交わる力‟霊感・霊能力”と言っても
皆が皆一律ではないし、
得意分野・相性・縁など様々なモノが影響する。

私の場合はそれが顕著で、
その枠にピッタリハマれば、
あの二人が見たくても見えないものが
見えたりする。

ゆえに私は自分を‟0感”だと思うし、
仮にあるとしても
‟ピーキー霊感”
としか言いようがない。

「お前は山岳系列だからなぁ。
そりゃ木とは相性よかろうさ。
その中でも特別桜が合うんだろう。

でも、何で桜かは知らねぇ、
自分で探せ!
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」

・・・大体いつもこんな感じである(;・∀・)

※「お前は別に教えなくても必ず答え見つけてくるからなぁ」
というのが両者の言い分である。
「どうせ教えても自分で納得いかなきゃ信じないだろう」
ともいう。
そして実際そうである。

桜、桜ねぇ。
まぁ確かに桃などと同様に
桜の木には邪払いの力があるとされているけれどね。

しかし、何で子供の頃
私は桜の木に畏怖の念を持っていたんだろうね。

「花は桜木、人は武士」とは言うものの、
当時の私がその言葉すら知っていたとは思えないしな。

そんな訳で「何故桜だ?」と
毎年プレ開花を見る度に思っていたのだが・・・
意外とそれはあっさりと分かってしまった。

結局吉野か

ある時、‟桜見物のつもり”でやってきたのは、奈良吉野。

もちろん、その年もプレ開花に散々騙され、
「け、もう桜見物などで遠出などするものか」
と思っていたんだが・・・・・

テレビで吉野の映像を流していたのを見て
行ってみることにしたんだが・・・・

今にして思えば、この映像を見て
「行きたい」
と思うことが既にちょっとおかしかった。

確かに桜は好きだが、
別に「周り全部が桜」を求めたりはしない。

大体、私は人が多い所が昔から嫌いだ。
名所は確かに花は美しいが確実に混雑してうるさい。
だったら、近所の公園で目を付けてある
枝ぶりのいい木の下で一人ワンカップ片手に夜桜がいい。

その好みから行くと、
幾ら‟一目千両”だとしても
わざわざ桜を見に吉野までかっ飛んでいくのが
すでにおかしい。

で、実際吉野に行って
確かに桜は見事だし、
来た甲斐があったとは思ったが、
実際には桜が見たかったんじゃなく、
吉野山に来たかっただけなんだ
と分かった。

何しろ、中千本にある金峯山寺蔵王堂におわす
蔵王権現さんが、
私の思う‟仏”そのものだったからな。
(詳しくはこちらへ「仏を求めて46里」

私は自分に関係のある神社仏閣へ
なにがしかの理由で引っ張っていかれるようになっているんだが、
どうもこの時も桜をエサに‟釣られた”らしい。

そして、この桜だらけの山と
蔵王権現の謂れを聞いて
桜にだけ
‟プレ開花”
が見えるのがよく分かった。

桜は権現さんの木だからだ。

あの青い仏の前に行くと
ご開帳していようがいまいが、
何処か近寄りがたく、
しかし妙にそこから目をそらせない
不思議な気分になる。

それは、怖いながらも桜を見たくて
遠くから眺めていた子供の頃の気持ちに
よく似ている。

なるほど、仏の縁だったのか。

傍から聞いたら「はぁ?」という話だが、
まぁ個人的には
「なるほど」
という話だ。

帰宅後、
ダンナにその話を安定のマシンガントークで
報告したのだが、

「あ、分かったんだ。よかったね」

だそうで・・・・

ちなみに「吉野に行きます」と言ったら
「蔵王堂には必ず寄りなさい」
と言ったのはダンナである。

本人は
「え?権現さんと君の関係?知らないよ」
とすっとぼけていたが、
絶対嘘である。

もうすぐプレ開花が始まる

これが一応私に‟プレ開花”が見える理由みたいなものだ。
まぁ・・・桜の女史が何であぁなのかは、
サッパリ分からんけどな(笑)

今年はまだだが、恐らくあと10日もすれば
またプレ開花に惑わされる日々がやってくる。

そして1か月と少しすれば、
本物の花が咲き始め、
桜の女史が問答無用動画再生メッセージを私に叩きつけ、
また彼女を褒めるために社へ行くだろう。

それが済んだら、今度は吉野だ。

私の春は一体いつから
こんなにも賑やかしく忙しいモノになったのだろう。

・・・・まぁライダーとしては
願ったりかなったりなので
良しとしておく。

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