‟レン”という柴犬

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春夏秋冬、どの季節も好きだ。

田舎育ちの私には、どの季節にも自然の織り成す
美しい思い出があるのだが、
やはりそこに動物が入ってくるのが
私ならではという所だ。

今日は少し早いが、春の次に巡りくる夏の夜に
思い出す、ある一匹の柴犬の話である。

身体的には暑さも寒さも苦手な私が、
それでも暑い季節が好きなのは
遠くに揺らめく陽炎の中に
時折、一匹の黒柴の姿を思い出すからだ。

E子邸で過ごす週末

私は、かつて母の従妹にあたる人の家で暮らしていた。

‟暮らす”と言っても
毎日いるわけではなく、
‟週末だけ”
その人の家で寝起きしていた。
その人をE子さんとしておこう。

E子さんには子供がおらず、
実は私は養女に入る予定だったらしいんだが
まぁ大人の事情の折衷案として
そうゆう不思議な事になったんだ。

物心ついた頃には、
もう金曜の夜から月曜の朝までを
E子邸で過ごすことになっていた。

そのせいか、私は子供の頃から実家に愛着がない。
今のこのボヘミアンな性格は、
そうして形成されたんだろう。

E子邸は非常に快適な家だった。
私が覚えている限り、
あそこでは一度たりとも怪異を見た事がない

ある意味、週末のE子邸暮らしは、
私にとって‟ガス抜き”だった。

当時はあまり気にしていなかったけれど、
今思うと実家とE子邸では
‟くつろぎ度”が
まるで違う。

家の作りの問題もあるんだろうが、
実家は何しろ‟出る家”で、
見えなくてもいつも空気がザワザワしいというか、
閉塞感があるというか、
何処となく暗かった。

その点、E子邸はいつも光に溢れて、
・・・ついでに生き物も溢れていた。

池には錦鯉、
鳥はインコ、十姉妹。

そして1匹の犬。

レンという黒柴

その犬は、メスの黒柴で名前は“レン”という。

名前の由来は聞いたことがない。
そもそもレンはE子邸で私に出会った時、
すでに“レン”だった。

彼女は元々、東京に住むE子さんの妹のR子さん夫婦が飼っていた。

そこへ待望の子供ができ、
面倒を見られなくなるかもしれないために
レンはE子邸へやってきた。
それがどうも、
私がE子邸へ通い始めた時期と重なったらしい。

あたかも、
一緒に育った姉妹のように
いつも記憶の中にレンがいる。

柴犬の適応能力

当時はなんとも思わなかったが、
今にして思えば犬の適応能力というか、
持って生まれた性質や素養というのは
中々馬鹿に出来ないと関心する。

恵比寿の高級マンションで‟お座敷柴犬”だった彼女は、
田舎に越した途端‟田舎の柴犬”になった。

元は座敷犬なので、
いきなり「外で飼う」という事はなく、
昼は外(玄関前か内側)
夜は座敷
というのが
彼女の日々の過ごし方。

外にいる時、
レンは「犬」だった。

数日に一度は裏山を駆けまわり、
一度散歩に出ると中々帰ろうとしない。
そして、どうやって覚えたのかは知らないが
よくネズミを捕ってきた。

「私は犬ですから。狩犬の誉れ高き柴ですよ」

と、完全にトドメを刺されたネズミを咥え、
誇らしげにしているのである。

が、座敷の中の彼女は、非常に人間臭かった。

「私は人間ですから。えぇ少し毛深いですけれど」

そんな顔で、ソファーに座ってテレビを見ていたし、
時折、人がするように
‟船をこいで首が落ちるとハッとする”
とか、
‟夜は布団で私やE子さんの腕枕で寝る”
なんて事をしていた。

‟都会と田舎”
‟外と内”
‟昼と夜”
‟野生と知性”

そんな相反する二つの間を
彼女は器用に行ったり来たりしていたように思う。

柴犬・蛍狩り

E子邸の裏手は実家と同じく山だが、
目の前は開けていて
見渡す限りの田んぼだった。

その見晴らしのいい風景が
E子邸を気に入っている理由でもあるのだが、
そこにもまた
レンと過ごした場所だった。

春夏秋冬、どの季節にも溢れるほどの
思い出があるが、
中でも一番印象深いのは
“蛍狩り”だ。

夏になるとそこには溢れるように蛍がいた。
そしてそれがあまりにも
‟ありふれた事”で、
そこの蛍がヘイケかゲンジか、
はたまたヒメかなど
考えた事すらない。

さて、一般的に‟蛍狩り”という言葉の意味は
‟紅葉狩り”などと同様に
「眺める」ことで
決して「捕獲する」
ではないが、
レンと夕涼みがてら、その畦道を行く時は
まさに
‟蛍を狩る蛍狩り”
だった。

畦道の途中で、レンに
「一つ取ってくれ」
と言うと、
彼女は自分が伸びをして届く高さに
飛んでくる蛍に狙いを定めて飛びつく。

そうして前足を重ねたまま地に伏せ、
その隙間に少し鼻をツッコミ確認した後

「捕れたよ」

と言わんばかりにそのままの姿勢でこちらを見る。

かがみ込んでその前足の中を見ると、
必ず蛍が入っていた。

しかも、
蛍はちゃんと生きて光っている。

彼女の中には
“トドメをさす狩り”
“生け捕りにする狩り”
の概念があったらしい。

ひとしきり彼女を褒めた後、
その足をどけさせると、
蛍は再び空へと舞い上がり、
仲間の虫と星の光に溶ける。

その様を彼女は惜しがることもなく、
いつも黙って見ていた。

 

あれから30年が経ち、
当然レンはもういない。

E子邸の前はいまだに田んぼだが、
溢れるほどいた蛍もいなくなってしまった。

当時は自分が30年後どこにいるかなんて考えてもいなかった。
レンがいなくなる事も考えていなかった。
溢れるほどいた蛍が消えてしまうとも考えていなかった。

人にとって本当に遠いのは
地球の裏側や月などではなく、
時の彼方なんだな。

 

今私の横には、
レンと同じ顔で
一回りサイズが小さい柴子がいる。

それに不満も不足もないのだけれど、
夏の陽炎の彼方に
全力で走るレンの後ろ姿が
見える気がするんだ。

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