猫という小さな猛獣 ~元野良猫と暮らせば~

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前回まで3話に渡ってまとめた
‟猫チン改造手術”
の主役、巨猫は元野良である。

たかが猫、されど猫。

どんな小さな・・・いや、コイツの場合は
お世辞にも小さいとは言えないが、
デカくて小さい猫にも
それなりにドラマがある。

黒い貴公子がやってきた日

巨猫は、推定1歳の時に我が家にやってきた。

そもそもコイツというか、
コイツの母猫が、
とある餌やりさんの所へ通っていた所から始まる。

ある日その猫が自分が産んだと思われる
2匹の子猫を連れてきて
「よろしく」と言わんばかりに
そのまま置いていってしまった

やがて、1匹はいつの間にかいなくなり、
残ったほうがうちの巨猫だ。

デカい図体のわりに、
いつも他の猫に追い回されているのを
見かねた餌やりさんが

「なんとか人馴れさせて家猫にできないか」

と私の所へ相談してきたのが始まりだ。

巨猫について
「もし慣れなかったらどうするの?」
と今でも言われる。

まぁこれは「思い切った事をする」という称賛と共に
「お前は後先考えないんだな」という侮蔑も含む。

勿論、私だってそうゆう可能性を
まったく考えなかったわけじゃない。
が、勝算はあったんだ。

私の友人が生後3ヶ月の人馴れしていない子猫を
実際に飼っていたんだ。

コイツがどれくらい懐かない猫だったかは
私自身がよく知っている。
何しろ、私が保護した猫だったからな。

でも、何だかんだで・・・友人にだけは慣れた。

他人が出来たんだから私も出来ると思うほど、
私はおこがましい思考回路はしていないが、

最初から「できねぇ」と思っていたら一生出来ねぇ

とは、常々考えている。

特に相手がいる場合、
更にそれが動物の場合は、
そうゆう想いは確実に伝染する。

不安を完全に捨て去る事は出来なくとも
とりあえず虚勢は張らねばならん。

無理と思ったら、その瞬間に全てが終わるのだ。

あたかも貴公子のような・・・猛獣

餌やりさんと捕獲の算段をして・・・というか、
餌やりさんに捕獲して連れてきてもらったんだが、
キャリーケースに入っているコイツを見た時の
第一印象は黒豹だった。

見た事がないほど黒く青光りする体毛。
その体毛の下に躍る逞しい筋肉。
太く長く通った鼻筋は高く、全体的に彫りが深い。
唯一の猫らしさは、顔に収まる緑がかった金の双眸が
真ん丸に見開かれている事だ。

私の心の師、ダ・ヴィンチ先生は
「猫科の一番小さな動物、つまり猫は最高傑作である」
という言葉を残しているが、
それを体現したのが目の前の生き物だ。

‟なんだ、この美しい猫は!!”

思わず「貴公子か!!」と言ったら
「いや、この子、だから。タマないからね」
と返ってきた(笑)
※これが例のタマがどうこうという話に繋がっていく。

まぁ結局、最初に連れて行った病院で、
※ほぼボランティア状態で野良猫の避妊去勢をしてくれていた獣医

「いや、これ、だから。
去勢されてなければ停留睾丸だと思う」
って話になったんだけどな。

 

いやはや、出会った頃のコイツときたら、
とにかく凄まじかった。

私は猫を‟小さな猛獣”だと思っているが、
その元になるのがコイツだ。

件の病院は、野良に慣れた所だったのに
最初の診察の時は麻酔を掛けなければ
何も出来ないほどの暴れっぷり。

病院から連れて帰る際も
3人掛かりでも自前のキャリーケースに移せず、
しょうがないので病院のかなりデカいケージごと
台車に乗せて持ち帰った。
(絶対手持ちするサイズじゃないケージ)

太る前とはいえ、
その当時から巨猫の体重は5~6キロあり、
今と違ってそれがほぼ筋肉だったんだから
本当に
スモールライトで小さくした黒豹
だったんだよ、色々と。

小さな猛獣との暮らし

動物が好きとはいえ
実はあまりよく知らない人々は、
‟獣は食い物さえ与えれば簡単に懐く”
と思いがちだ。

が、実はそんなに単純な事ではない。
食い物はただの‟掴み”であり、
要は信頼を勝ち得ない限り、
彼らが心を許してくれることはない。

そりゃ、たまには・・・掴みだけで寄ってくる奴もいるが
そうゆうのは大体
‟食い物を持っている時”
しか寄ってこない。
それは信頼とは呼べないと思う。

巨猫が唯一、信頼を寄せていたのは
餌やりさんのみだったが、
それは食い物をくれるからではなく
彼に優しくしてくれたのは彼女一人
だったからだ。

コイツのいた界隈は猫嫌いな住人が多かったようだ。
そうじゃなくてもこの図体。
嫌いじゃなくても見た人は驚いて追い回すだろう。

1年程度の野良暮らしとはいえ、
すっかり‟人嫌い”になってしまったわけだ。

私というか、家に慣れるまで、
よくある大きな猫ケージで生活させることにした。

勿論、ここで終わりではない。
ここからが始まりだ。

ケージに覆いをしていたのだが、
ちょっとでも覗こうものなら
威嚇の嵐。

保護から数日後。威嚇しない時はこの顔がデフォルト

以前から冗談で我が家を
‟賃貸アパート内サファリパーク”
と呼んでいたが、
巨猫が加わった事でそれが冗談ではなくなってしまった。

一に忍耐、二に忍耐、三の後もずっと忍耐

動物のしつけというか、
この場合は“リハビリ”に入ってくると思うが、
これのコツはぶっちゃけ“根気”だ。

私も“根性論”は好きでもないし非合理的だと思うが、
これに関してだけは根性というか忍耐である。

私はコイツを慣らすために必要な時間は
2年と計算した。

もっと言えば ‟2年で十分”ではない。
‟最短で2年”
という話だ。

獣でも人でも心に傷を負ったら癒すのには
その期間の倍は掛かると考えていい。

1年の野良暮らしだったら、単純計算で2年。
まぁそうゆう事だ。

この2年を長いとするか、短いとするかは人による。

少なくとも私は、人間には動物の4倍の時間があるのだから
2年くらいくれてやっても惜しくはないと思った。

で、その計算が正しかったかのように
巨猫は本当に慣れなかった(笑)

彼の警戒を解くために
私はありとあらゆることを試みた。

高級猫缶を供えてみたり、
猫じゃらしを持って踊ってみたり、

少年漫画あるあるの‟拳で語る”を目指して
医療用のグローブをはめた腕を気の済むまで噛ませてみたり、

果てはフェリウェイからフラワーレメディー、
リラクゼーションミュージック
・・・思いつく限りの事は全部やってみた。

が、やっぱり慣れなかった(爆)

色々やった末に一番は「時薬」で、
もうゆっくり待つより他ないと思った。

保護から半月後。数日に一回、このありさま。

猛獣ではあるが狂暴ではない

懐かないだけならまだしも、
すぐに威嚇し、
容赦ない攻撃をしてくる猫を
人はなんというだろう?

獰猛、狂暴、凶悪・・・

あの頃の巨猫はまさにそんな感じだった。

確かに猫は小さな猛獣だと思う。
何しろベースはハンターだからな。

姿こそ小さいが、持っているものは
大型肉食獣と変わらない。
そしてそれを使いこなす術を
彼らは生まれながらに知っている。

掌にのるような子猫でも
身の危険を感じりゃ威嚇をするし、
小さな爪も刺されば地味に痛い。

ただ、
動物が牙を剥く時、
そこには必ず理由がある。

動物というのは、
意外と人より合理的に動く。

人は暇や見栄、欲、様々な事で
争い攻撃するが、
動物は暇潰しに喧嘩はしない。

どんな時もその根底には
‟己の生命の保護と種の存続”
がある。
※脳腫瘍やストレスなども原因になりうるが、
それはあくまでイレギュラーと分類する

巨猫が威嚇をしたり暴れるのは、
実は彼が本来非常に臆病で、
どうにもならない恐怖から暴れていたのだ。

猫は全般的に犬より繊細な所があり、
環境の変化に弱い。

突然箱に詰められて、
知らない所で知らない人間に囲まれたら
パニックになって当然だ。

それが分かっていたので、
獣医も私もヤツを狂暴だとは思わなかった。
それは猫として正しい反応だと思った。

威嚇をし、それで駄目なら攻撃するより
彼にはその状況に抗う術がなかったのだ。

人は相手が思い通りにならず、少し暴れただけで
凶悪、狂暴のレッテルを貼ってしまい、
その裏側にある事情に蓋をする。

そうゆうのは私は何だか嫌だ。
非常に気に食わない。

保護から4か月後くらい。一度ケージから出したが、尻尾の根本が禿げて再びケージに戻される。

何でそんな風に思うのか?
まぁそれは私自身がこの街では
野良猫のような存在
だからだ。
同情というより共感だな。

それに私は動物と根競べするのが
わりかし好きなんだ。

始終こんな調子の奴が、
何があって猛獣から
ただのデカイ猫になったのか?

それは次回のお楽しみだ。

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