雪山ゲレンデ珍事

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

クリスマスというより、普通に年末の柴猫家である。

今年は暖冬だというが、やっぱり何とかして滑ろうとする
スキーヤーも多いだろう。

私もかつてはスキーヤー。
というか、冬の楽しみ何ぞスキーとスケートしかない所に住んでいた。

今日はそんなゲレンデ小話。

冬の楽しみ

これからする話の前振りとして、
子供の頃、冬場私がどのような生活をしていたかを語ろう。

不思議な事の詰まった私の郷里は、豪雪地帯だ。
最近は減ったとはいえ、
名古屋とは比べ物にならないほど降っては積もる。

んで、絵描きなんてインドアな職業の割に、
私はその絵描きの法則に従わず結構運動神経がいい。
(何故か握力が40くらいある)

つーか、程々の運動神経がないと
田舎生活はキツイ。
何しろ田舎の子供の遊びなんて、
殆どがスポーツだったからな。

そんな所、そんな暮らしなので
冬の楽しみは当然、ウィンタースポーツ。

個人的にはスケートが一番好きだったが、
スキーも当然やる。

今もバイクに乗っていて思うが、
結局私は体重移動で方向を変えたり、
バランスを取らないとコケるものが好きらしい。
(一輪車、水上スキー、竹馬、スケボーetc)

別に自ら「やる」と言った記憶はない。

が、物心ついた頃すでに、
リフトパスを腕にくくりつけられた状態で
ゲレンデに放置されていた

この話をスキーヤーの友人にすると
「盛ってるだろww」
とか言われるが、悲しい事に実話だ(;・∀・)

 

ある時は、小銭と地図と弟を渡され

「はい、この印がペンションな。
今日はここに泊まるんだぞぉぉ~。

夕飯は〇時だから、それまでここに来い。
財布の中の金で適当に昼飯食え、弟の面倒見るの忘れるな。

・・・・じゃあ、パピィは勝手に滑ってくるから!!(`・ω・´)ノ」

と、弟と二人、広大なゲレンデのど真ん中に置き去りにされた。

当時は「これが当たり前」と思っていたが、
私と弟が放り出されたのは、
かの有名な山形の蔵王温泉スキー場

その広大さ故に
「大人のスキーヤーでも迷ったり遭難する場合もある」
と知ったのは・・・大人になった後だった。

※だから蔵王といったら、権現の前にスキー場しか頭に浮かばないんだ。
あとクソ不味いワイン(爆)

ゲレンデの奇妙な話

こんな感じで、かつては望まなくても
冬は毎週末何処かのゲレンデにいたのだが、
このゲレンデエピソードで、
母が今でも謎だという事がある。

傾斜30度の熊落としを滑り降りる

某県某市のスキー場は、麓(駐車場)からゲレンデまで
基本、ロープウェイで移動する。

登りはよくある話だが、
そこは何故か下りも大体の人はロープウェイで移動する。

そのゲレンデと麓の間は、別に何もないわけではない。
ちゃんとその間もゲレンデで、滑れるようになっている。

滑れるようにというか、
「滑れるものなら滑ってみろ!!」
というコースがある。

何故かというと、そこは
最高傾斜30度※の超上級者コースなのだ。

何しろコース最大の難所の名前が「熊落とし」

最近はコースを直して「中級レベル」になっているらしいが、
当時はまだ「上級コース」で、
かなりの腕と度胸がないと入れないコースだったらしい。
※一般的なゲレンデの傾斜は5~10度が初級、15~20度が中級。

その斜度とコースの狭さがスキーヤーの恐怖を煽り、
「腕自慢のスキーヤーでも滑る事を諦めスキーを担いで降りる」
という、
その界隈では
「これを滑り降りたら勇者!」
的な伝説のコースだったんだそうな。

そこを・・・・

母「あんた、お父さんと一緒に滑って降りてきたのよね・・・
しかも一度も転ばずに・・・・」

母曰く、ある時その某スキー所を一家で訪れたのだが、
「アウトドアの英雄(自称)」である馬鹿親父が
そのコースを見逃すわけもなく、
「パピィは熊落としを通って帰るよww」
と宣言。

更に当時小学校低学年の私
「お前も来るかw下まで滑ればスキー担がなくてもいいぞw」
と、私を連れて熊落としへ向かってしまったそうな(;・∀・)

まぁ親父のほうも
「ダメならスキー担いで降りるだろう」
と思っていたようなんだが、
次々と転倒orスキー担いで歩いて降りる大人を尻目に
母が言うように転倒もせず、
普通に滑り下りてきたそうだ。

これには流石に親父もビビったらしい。

あぁそう言えば、
それ以来やたら高度な事をやらされたり、
大人しか滑ってないような上級者コースを連れまわされた覚えがある。

まぁ母にしてみたら凄く謎らしいんだが、
この時の話は私も辛うじて覚えている。

確かに「凄い傾斜だなぁ」とは思ったんだが、
人並み外れて体の小さかった私は、急傾斜を滑るより、
スキーを担いで何十メートルも歩く事のほうが遥かに大変だったし、
何より面倒くさかったのだ。

それにその傾斜でコケると、体の軽い私は
途中で止まらずに下まで転がっていきそうだったので、
意地でもコケなかったんだよ。

コケたら死ぬなって本気で思ったから(爆)

母には「たったそれだけの事でコケないで滑れるの!?」
と言われたが、
子供心にも「死ぬな」っていうのは「たったそれだけ」ではない(;・∀・)

つーか、大人になった今落ち着いて考えると、
子供をそんな所に連れて行く親父が怖すぎる・・・

あぁでも、結局私はそのスキー場を訪れる度に
スキー板を担ぐのが嫌で
いつもそこを滑って降りてきていた。

ものぐさの本気は時に色々な理屈を超越する。

落とした帽子は何処から拾ってこられたのか?

ある時、母と私は二人でリフトに乗っていたそうだ。

ちっと風の強い日で、
母が被っていた帽子が飛ばされてしまった。

跳んだ帽子は風に舞ってコース外の森の中へ。

「あ~こりゃもう見つけられないな」

と、諦めたらしい。

ちなみに、母は自転車に乗れないほど運動音痴で、
当然スキーもボーゲン以上は出来なかった。

いつも私はそんな母を置いて先に下まで降り、
また昇ってきて周回遅れの母に合流するのだが、
その日は、何故か母に付き合って滑っていたそうだ。

そして、ある所までやってくると
「ちょっと、ここで待ってね」
といって、一人で何処かへ行ってしまったらしい。

そして数分後、
やっぱり何処からか戻ってきたんだが、
その手にはリフトの上から落とした帽子が握られてたんだと。

「あんた、これどうしたの?」
と聞くと、事も無げに
「拾ってきた」
と言うそうだ。

先の通り、帽子が落ちたのはコース外の森である。
帽子程度なら枝に引っかかってしまいそうなほど、
木が密集していた森だったんだそうな。

私はその頃、既に眼鏡が必要と言われる視力になっていて、
私よりも目の良かった母ですら見失った帽子を
どうして私が見つけてこれたのか?

母は今でもそれが腑に落ちないと言う。

この話をした際にも
「どうして落ちてる場所分かったの?」
と問われたが、私は全くの覚えがない。

あ、いや、言われてみれば母が帽子を落としたのは覚えている。
だけど、その後の事は全然覚えてない。

私は、一体どうやって母の帽子を探し、
拾ってきたのだろう。

まだあるかもしれないゲレンデ珍事

この二つの話は、以前母がこちらに遊びに来た時にされた話だ。

いや、まだ他にもあったんだが、
すっかり忘れてしまって、
思い出せるのがこの2つだけ。

本当、雪降り始めると、もう毎週スキーだったからな。

ちなみに今はもうスキーはやってない。
スキー仲間もいないし、
ウェア揃えたり、
板収納する場所ないし、

大体、名古屋からだとスキー場まで遠いから面倒くさい(爆)

まぁまた寒い所に住むような事があればやってもいいが、
逆にやりすぎて飽きた所もあるなぁ。

そういえば、スキーをしていた頃は
後ろからガチで突っ込んでくるノーコンの初心者を
気配で察して避けていたんだが、

思えばそのスキルは今バイクで
「後ろからくるDQN車の殺気を感じて避ける」
という形で活かされている気がする。

ブリザード級に吹雪いている中でも滑ってたし
(ってか滑り下りないと死ぬ)
そりゃ、真冬でもおバイクするよな。

年が明けたらスキーじゃなくて
おバイクしに行くか。

雪のゲレンデではなく、
凍結してない高速道路が俺を呼んでいる(笑)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。