この電車にはただいま‟竜”が乗車しております

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昔から「地下」がイマイチ好きになれない。

方向感覚は割といい方なのだが、地下に入った途端に右も左も分からなくなる。
そして、どうも地下は居心地が悪い。
もっとはっきり言えば、気持ち悪い
しかし、私が長らく居ついている名古屋は「地下の街」と言っても過言ではない。

名古屋に住み着きそろそろ四半世紀が過ぎようとしているが、
私にとって名古屋の地下はいまだに何処か得体が知れない部分がある。

なんなん名古屋の地下ダンジョン

最近でこそ色々整理されて綺麗になったが、20年ほど前の
名駅周辺の地下街は、ハッキリ言ってダンジョンであった。

とにかく何処に繋がっているか分かりにくいし、
場所によっては薄暗い。

名古屋に越してきた当初、幾度となく迷い、
「誰かマッパー唱えて!!」
とよく心の中で叫んでいた。

で、当然の事ながら「地下鉄」もあり、
名古屋で車なしの生活をしようと思ったら移動は地下鉄が主になる。

が、私はこの地下鉄もあまり好きではない。
よって、バイクに乗る前は極力チャリで移動し、一定以上の距離は地下鉄に乗っていた。

これはそんな地下鉄で見た奇妙なモノの話。

地下鉄を利用するモノ達

丁度、もうすぐ20歳になるかならんかの頃だ。

例の行者のジジイの所で飯スタントになったばかりの頃、
ジジイの言いつけで毎日事務所に通っていた。

別に毎日飯を作れという話ではない。
毎日来て、とりあえず自分の仕事(神事)を見ていろと言うのだ。
(どんな事見てたかってのは「札と瘤」参照)

当時の事務所は名古屋のはずれ「藤が丘」にあり、
そこまで行くのに名古屋人お馴染みの「地下鉄 東山線」を利用する。

東山線は市内を走る4つの路線の中で、恐らく一番利用者が多い線だと思う。
何しろベッドタウンである名東区、中川区を一本で繋ぎ、
その間には名古屋一の繁華街「栄駅」と「名古屋駅」があるのだから。

毎日毎日、よくここまで人が集まるなぁと思うほどの人が乗り、
まぁ人が10人集まれば1人は・・・の法則に則り、変な人もいたりした。
そうだなぁ、その頃は「手品オジサン※」という人が出没していたな。

※手品オジサンとは、主に東山線に現れる謎のオジサンで、
何故か車内で突然手品をし始めるためにそのように呼ばれていた。

そして東山線を利用しているのは人だけではなかった。

バイトを終えて地下鉄に乗り込むと見かけたのは
コールタールのように床にへばり付いている‟何か”

「これが銀色ならメタルスライムww」

世代的にどうしてもこうゆうボケをかましたくなるが、
勿論そんな愛嬌のあるものではない。
色は黒くて、顔はない

これは純粋な怪異というより、
人々の‟疲れた”‟辛い”という残留思念のようなものだと思う。
それが何かの切っ掛けで集まり、うぞうぞとしているのだ。

一体どれだけの人が分かっているかは知らないが、
見ていると避けて通る人もいた。
しかし、避けないで踏んだ場合は、ニチョラっとその人の足にまとわりつき、
そのまま付いて行ったり、
その場でぺちょんと落ちたりしていた。

意外な事に人型は見た事がないのだが、
そもそもあれだけ乗っていたら、その中に人ならざるものが混じっていても
ちょこらちょっとでは分かるまい。

少なくとも私が人型・・・まぁ有り体にいえば幽霊を見る時は、
大体普通の服装で、
普通のツラして、
普通に歩いているからな。

まぁ普通の人間と違う所としては、歩く時に肩が揺れないって事か。
実際歩いているわけじゃないからな。
後は存在感がペラかったり、何処となく彩度が低い時もあるけど、
そもそも地下鉄も人混みも嫌だった私は、そこまで周りを見ていなかった。
いつも本を読むか、狸寝入りか、音楽を聴いて、
大体誰とも目線が合わないようにして過ごす。
これは今も大して変わらない。

網棚の上のドラゴン

その日もバイト先から藤が丘まで行こうとして、栄から東山線に乗り込んだ。
その日は珍しく座席に座れたので座って本を読んでいた。

何駅か過ぎた頃、ふと本から目を上げて心の中で「あっ」と思った。

向かいの席の網棚に
真っ赤なトカゲが乗っている。

いや、あれは真っ赤なトカゲというよりどう見てもドラゴンだ。
網棚に乗るサイズのレッドドラゴンがいる。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

やっぱり、名古屋の地下はダンジョンだったんだな。

いや、そうじゃない。
あれは怪異だ。

何故ドラゴンで、
ドラゴンであるにも関わらず猫程度の大きさで、
尚且つ地下鉄の網棚の上に丸まっているのだろう?

それにしても・・・・実に禍々しい。

鱗のような皮膚は蛇のように滑らかではなく、
一つ一つが僅かながらぷくりと盛り上がり、
そのわずかなカーブに合わせて光沢を放っている。

全体的にずんぐりとしているが少し長めの首から背中、
そして体に添うように丸められた尻尾まで続く背びれは非常に規則的だ。

羽はあったかどうか覚えがない。
覚えがないという事は羽がないか、もしくは畳んでしまうと目立たない
飾りのようなサイズだったのだろう。

ドラゴンというと厳ついイメージがあるが、
こいつは何処か艶めかしく中々芸術的だ。

そしてこの・・・既存の生物では多分ない赤だ。
既存の生物ではいないが、既存の物の色で例えるならフェラーリの赤だ。
明るい所は明るく、暗い所は深みのある赤になるフェラーリに似ている。
だが、異様に毒々しい。

美しいフォルムが禍々しさを更に禍々しくしているという具合だ。
いや、禍々しいから美しいのかもしれない。

毒々しい赤い皮膚をテラテラと光らせて、
ドラゴンは網棚の上に丸まっている。

ただ、一見眠っているようだが目が薄っすらと開いていて、
恐らく金の双眸だったんだろうが、その視線も禍々しい。
燃えるような赤い体なのに、
凍えるように冷たい目なのだ。

 

普通ならこうゆうのは極力見ないようにするんだが・・・・
いかんせんドラゴンである。
見ちゃうよ、見ちゃうに決まってるよ。

人生において、夕方の地下鉄でドラゴン見れるなんて万に一度もないかもしれない!!
しかも美しい。←ここ最重要

仮にこれが幻覚でも、なんて美味しい幻覚なんだろう。
ってか、この発想何処から来ているんだろう?
そりゃ確かに常々名古屋の地下はダンジョンだとは思っているが、
当然それは比喩であり本気なわけがない。
それなのにコレだ。
我ながら楽しすぎる幻覚だぜ。

もういい、見よう。
もう幻覚でも怪異でも何でもいい。
何かあっても、どうせ行く先はジジイの所だから、
精神疾患以外は何とかなる!何とか!!

竜の持ち主

しかしドラゴンは私には一目もくれなかった。
ドラゴンの目線は自分の下にいる男に向けられていた。
下の座席にいたのは、確かいかにもチャラそうな若い男。

まるで猫のように丸まっている様子とは裏腹に、
男を見るドラゴンの視線は刺すように冷たい。

どうゆう事情かは知らんが、どうもその兄ちゃんに憑いているようだ。

ドラゴン・・・・まぁ竜ね。
私は書き文字だと西洋っぽいものは‟竜”って書く事にしているけどね。

最近流行りのスピリチュアルでは、龍は守り神だの開運だの持てはやされているし、
そもそも龍神というのがいるくらいだから通常は悪いもんじゃないんだがな。
だけどさ、この時見たものはまかり間違ってもそんなイイものじゃないだろうな。

コイツは厄災を呼ぶ竜だ

なんの根拠もないんだが、どうにもそうとしか思えなかった。
あぁこうゆうのは何と呼ぶべきなんだっけ?
そんな風に考えていたら、ふと
“ヴァリトラ”
という言葉が脳裏に浮かんだ。

ヴァリトラ、もしくはヴリトラとは、
インド神話のリグ・ヴェーダに登場する魔物みたいなもんだ。

確かあれは一般的なドラゴンの姿よりも蛇に近いと言われているはずだが、
なんでそんな名前が浮かんだんだか。
でもなんか、その名前が妙にしっくりハマるんだよな。

小さいトカゲ、小さいドラゴンといえば、なんかこうサラマンダーとか浮かびそうなんだけど、
仮にこれがサラマンダーかと聞かれたら、きっと私は首を振っただろう。
こうゆう事に関する返答は、私が出す答えではない。
私にまつわるお神が答えるもので、そして大よそそれは当たっている。

このチャラ男、何処で何やらかしたんだ?

とはいえ、いきなりそのチャラ男に話しかけるわけにはいかない。
それをやったら、それこそキチ〇イだ。
それに、こう言っちゃなんだが、その兄ちゃんにどんな厄災が降りかかろうと
私の知った事ではない。

私は私ではどうにもならない事は言わない事にしている。
それが怪異にまつわる事についてのルールだ。

そこから数駅過ごして、その兄ちゃんが降りてしまうといつの間にかドラゴンは消えていた。

この後も何度も東山線には乗ったが、
それ以降今に至るまで一度もこの禍々しくも美しい深紅の竜を見たことはない。

荒ぶる赤き龍

この頃はジジイの所に出入りしていたせいもあるのか、
本当に変なモノをよく見た。

これは今もあるのだが、そうゆう怪異を認識する領域というか、
そうゆう部分が変質する過渡期には必要以上に色々なモノを見るらしい。

そこさえ抜けてしまえば、しばらくの間はまた見る必要のあるもの以外は見なくなる。
(こうゆうのを‟ステージアップ”的な言い方をする人もいるし、
そのほうが恰好いいし分かりやすいかもしれないけれど、
私はあまりそうゆう考え方が好きではないのでしない。
上がる下がるってよりズレるだけの気もするし)

そんな訳で、地下鉄で見たものを逐一報告はしていない。
大体馬鹿馬鹿しいだろう、
「地下鉄の網棚に猫サイズの竜が乗ってた」
とかって。

ただ、何かの折にダンナと龍の色の話をしていて、
私「そういえば、白(白銀)、金、黒、青緑の龍は今まで見たけれど、
赤い龍だけは見た事がないねぇ」
と言ったら、面白い話をしてくれた。

赤い龍っていうのは、大概の場合厄災をまき散らしたり、
怒って暴れたりとあんまりイイモノではないそうだ。

ダ「俺も話に聞いただけで見た事ないけどねぇ。
赤龍だけは駄目だってことだよ」

まぁ解釈は色々あるだろうけどな。
一口に赤い龍といっても、それこそ和・中タイプの龍と
西洋のドラゴン風ではまた違うのかもしれないし、
そもそも「赤」と言っても色んな赤があるからな。
(ここは絵描きとしての拘り。赤って言われて人それぞれ思い浮かべる赤は違う)

ちなみに世界的に見る赤い竜というと、有名なものを上げれば
Welsh Dragon(ウェールズの国旗は赤竜がデカデカと書かれている)とか、
ヨハネ黙示録の黙示録の獣は赤い龍だとか、
まぁそんな所だよね。

見る人により微妙に姿を変える怪異

あの兄ちゃんがどうなったか、あの竜が何処から来たのかはサッパリ分からん。
行きずりで見た怪異譚なんてこんな調子でオチのない場合が殆どだ。
「事実は小説より奇なり」
とは言うものの、このような場合は推測を持って結とするしかない。

まぁ兄ちゃんのその後はさておき、
何故あんな所にドラゴンがいたかだ。

そもそも怪異とは元々物理的に存在しているわけではない。
それが人にある程度の形を持って認識される時は、
その人のフィルターが掛かるというのが持論だ。

そもそも同じものを説明するのでも人によって表現が違うという事。

分かりやすく言えば「赤」のイメージを
「リンゴ」というか「イチゴ」というかの差だ。

私には西洋風ドラゴンに見えていたが、
他者が見たら和or中風の龍かもしれないし、
怖い話定番の‟ワンピースの女”が肩に乗っているのかもしれない。
ただ「禍々しい」という部分や色だけは共通する可能性は高い。

そのいい例として、
私には「真っ白で巨大な(多分)天狗」に見えたものを
後日、違う言葉で書き表していた霊能者もいるからな。
(一面識もない人だけど、いる場所も大方の雰囲気も同じだし、
ブログの文章だけでも言わんとしている事が同じなのは分かる。
その方と私が見たのは、結局お神の兵隊というか、近衛兵的なモノなのだ)

仮に本当にあの姿があの怪異の本質に近い形だとしたら、
‟ドラゴンの幽霊”とは考えにくいので、
たまたまドラゴン的な姿の怪異か
もしくは、海外からのお持ち帰りという可能性はある。

20年も前の話だとしても、別に当時から海外なんて
行こうと思えば学生でも行けた。
それこそ、この兄ちゃんもチャラい見かけに似合わず、
「自分探しの旅」
とかで、インド辺りをフラフラしていたのかもしれない。
(んで、旅の恥は搔き捨てで何かやらかしたとか)

何しろ動物ですら「外来種」というのがいるくらいなので、
怪異にも人や物について大陸から渡ってくるものはいるのだろう。

ゲゲゲの鬼太郎でもそうして西洋妖怪と戦うエピソードあったしな。
絶対ないとは言い切れん。

 

バイクに乗り始めて、すっかり地下鉄から縁遠くなってしまったが、
時折道で真っ赤なフェラーリを見ると、
あの竜が今はどうしているか思い出したりしている。

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